自己啓発難民を量産する「思えば叶う」の欺瞞 嘘まみれの成功者達の物語、ノウハウの毒
「10年間セミナーや教材で勉強してきて、夢を心に描いてきましたが、まだ何も実現しません。自分にふさわしい夢が何かもわかりません。どうすればいいですか?」
先日、こんな相談を受けた。筆者はコンサルティング業の傍ら、ビジネスコーチングも行っているが、最近特にこのような相談が増えている。
いわゆる自己啓発セミナーに多額の費用を注ぎ込んできたにもかかわらず、夢が実現せず、何をすればいいかわからないという。筆者はこのような人たちを「自己啓発難民」と呼んでいるが、なぜこのような人たちが増えてきているのだろうか。
現在普及している自己啓発の典型的なノウハウは、「夢を心に描けば現実になる」というものである。これはアメリカから輸入されてきた、いわゆる成功哲学をベースにしている。成功哲学の源流をたどれば、キリスト教の宗派の一つ「ニューソート」に行き着く。日本でも人気がある英国人牧師のジョセフ・マーフィーもこれに属する一人だ。ニューソートの流れの中には、成功哲学の提唱者であるナポレオン・ヒルもいる。
彼らの主張は「心に描くことは必ず実現する」というもので、そのためにはポジティブシンキングでいるべきだ、と主張する。このような考えの背景にはキリスト教的教義があると思われる。人には理想的な状態があり、そこへ向かうことが善であり、それは祈り願うことで実現できる、という考え方だ。
●心に描くだけでは実現しない
しかし、現実には、このようなシンプルな考えで夢を実現することは困難だ。自分の心の中で考えた通りの未来が訪れる、というのは「マインド万能論」ともいうべき考えである。現実世界では、想定外の出来事が頻繁に起こり、その都度対応を変えていかなければ前進することすら叶わない。
だが、「思えば叶う」というノウハウには根強いファンが多い。筆者も全否定する立場ではないが、しかし「マインド万能論」的な行き過ぎた考えには賛同できない。なぜ、「マインド万能論」を多くの人が信じているのだろうか。そこには、成功者自身が陥る「後知恵バイアス」と「ドミナントストーリー」(結論から組み立てられるストーリー)に原因があるのだ。
筆者は多くの成功者に取材をしている。その数は20年間で1000名を超えているが、彼らの語るストーリーには一つの特徴があることに気づいた。それが後知恵バイアスである。後知恵バイアスとは、起こった出来事を都合良く解釈することをいう。例えば、宝くじに当たった人が、「近所の神社にお参りしていたから当たったのだ」などと考えることが、その典型である。神社のお参りと宝くじにはなんら関係はないが、宝くじに当たったことで脳は因果関係を探し始め、神社のお参りが良かったのだと勝手に解釈してしまうのだ。