このITカンパニー化の一翼を担っているのがグループ企業の1つ、リクルートテクノロジーズである。同社の立ち位置は、グループ内の主要事業会社7社に対して、ITとマーケティングによってドライブさせる“機能会社”である。したがって「トップレベルの技術力を持ち続けていないと、当社の存在価値はなくなってしまう」と執行役員の山村大氏は明言する。
リクルートは2020年に人材サービスで世界トップ、30年には販促領域で世界トップに立つことを目標として掲げているが、そのエンジンとなるのが「IT」であり、そのキープレイヤーがリクルートテクノロジーズである。いわば同社の成長が、リクルートグループ全体の命運を大きく左右するともいえるのだ。
同社内で各事業会社のITマネジメントを担当し組織の指揮を執る山村氏は、システム企業のプロジェクトマネージャーなどを経て05年、リクルートに入社した。システム担当部署のプロジェクトマネージャーとして各種主要サービスにおける数億円規模のシステムソリューション開発を年2回のペースで手がけ、大手ポータルサイトとの連携を進めるなど、サービスの意思決定や規模拡大をITの側面から推進してきた。
その後、12年にリクルートキャリアのIT企画部長に就任。13年にリクルートテクノロジーズ執行役員に就任すると同時に、リクルートホールディングス(HD)全社IT人材開発プロジェクトリーダーを兼任。14年にはリクルートテクノロジーズ執行役員とリクルートHDのIT戦略室長兼任となり、IT戦略の設計と推進を統括している。
08年のリーマンショック後、旧リクルートはシステム投資を抑制した時期があった。山村氏は「当時の上司から『業績の悪い時期でないと人材を育成できない。腰を据えてやるのは今だ』と目線高く言われた。地にもぐるようにして、プロセス設計をし直して業務の価値を再認識させ、1年ぐらいかけて組織の土台を強化した」と振り返る。
反発を乗り越え、改革を推進
当時、山村氏が統括していた事業はいずれも、リクルートの強みである営業力と編集力で運営されていたが、リーマンショックを契機にITとマーケティングにどれだけ強くなれるかが問われ始めた。山村氏が着手したのはベストプラクティスの抽出とベンチマーク組織との差をエビデンスとして可視化することである。自部門の投資効率と業務の生産性について、社内でウェブ化の進んでいると言われていた部署を、グループ内の他事業組織や外部の会社と比較して数値化。各数値において下回っていることが判明したので、約20名の部下に対して次のように警鐘を鳴らした。
「みんなは、リクルートのフラッグシップであるサービスを担当し、トップビジネスマンという意識でこれまで頑張ってきてくれたけれど、現実は社内のウェブ部門を他社と比べるとこれだけ遅れているということを知ってほしい。このままでは競争する基礎体力の部分で差をつけられてしまう」
これを機に、山村氏は「コスト削減を図りながらも中長期の組織力強化」をテーマに、意思決定フローや業務プロセスを見直し、受発注関係にあったビジネス部門とIT部門の関係にメスを入れた。システム設計をビジネス部門にも担当させるなどして、業務の一体化とスピードアップを図り、経験則から脱皮できた社員を重用する人事も断行した。
山村氏はIT部門だけでなく、営業担当や企画担当を含むビジネス部門もまとめて改革することが事業進化のために必須と考え、営業主体型組織においてITを軸とした意思決定がなされるよう変革を実現させた。事業全体のガバナンス(統治)を変更したのだ。さらに再成長のためのIT戦略立案とIT側からの新商品開発などに注力した。
通常、改革に抵抗は付きものだが、リクルートならこの通弊を免れることができたのではないか。ところが、現実は違っていた。
「反発はかなりあったが、一人ひとりと向き合ってコミュニケーションをとりながら、期待をかけるという姿勢で改革に臨んだ。改革後も数値によって、その成果をモニタリングした」(山村氏)
社内各部署の知見をヒアリングし、カスタマー向けのウェブサイト改善を最重要と位置づけ、改善領域を特化したことで、商品開発や営業・制作間の調整などが削減され、一人当たりが担える開発工数が年間で約3倍に増加した。いわば社内のベストプラクティスとのギャップを埋める作業に取り組んだのだ。その結果、カスタマーが増加し、担当サービスは再成長へと向かう。
優秀なエンジニアの力が必要
さて、昨今の有効求人倍率は上昇しながらも、長期に俯瞰すれば国内経済は成熟期に入っている。問われるのはシェアの拡大である。山村氏の見解を聞いた。
「シェアを上げるには、高い価値を持つ機能を提供してユーザーの期待に応えることがまず一番に求められる。その結果、ユーザーが増えてクライアントにも喜んでいただける。応募や資料請求などのアクションをどれだけ増やせるかを意識して施策を打っていかなければならない。エンジニアと企画担当者で構成された小規模チームをたくさん組成し、それぞれが短いタームでPDCA(Plan-Do-Check-Act)を回しまくって、上向く兆しのある機能を磨いていくことが大切だ」
その鍵を握るのが、ビジネス企画や営業にも深く関与する、強い情熱と責任感を持つエンジニアの存在である。
「アーキテクチャー(構造)からアプリケーションまで、いかに優れたエンジニアを抱えているかが重要だ。エンジニアが企画やビジネスに口を出しながら改善を進めることに意識的に取り組んでいるが、IT職種が多様化する中で各職種のトップレベルの人材がいなければ、リクルートの主要事業会社7社が提供するサービスをさらにドライブしていくことはできない」(山村氏)
山村氏はトップレベルのエンジニアの採用・育成に向けて、UXデザイン【編註:サービスを利用した時のユーザーの使用感や反応】やシステム開発、アーキテクチャーなど、専門技術分野別に執行役員を新設した。執行役員は「ITエグゼクティブ」と呼ばれ、リクルートテクノロジーズでは2014年に7名が就任。リクルートグループ他社にも同様のITエクゼクティブが配置されることとなった。リクルートテクノロジーズにおいては、ITエグゼクティブがそれぞれの職種の採用に関して最終決定権を持ち、技術的に力のある人材の採用に積極的に関与している。
一方、これまでのIT部門のあり方を見直し、システム開発の内製化を重視し、スクラム開発の推進へ舵を切るという判断を実施。さらに組織体制/機能を事業別組織(ヨコ割り)から機能別組織(タテ割り)に変更して専門性を高め、それぞれの領域のプロフェッショナル育成を通して、リクルートテクノロジーズでの組織力強化とビジネス貢献の最大化を狙っている。これと同時に、現在のリクルートグループのIT組織の原型となる制度や統治ルールの策定も統括した。こうして山村氏はITカンパニー化推進の牽引力となっている。
20年目標と30年目標に向かって「ITで勝つ」ことを掲げているリクルートHD。昨年4月に250名だったリクルートテクノロジーズの社員数は、今年4月には350名となる見込みで、ITは営業力と編集力に続くKFS(成功の要因)になりつつある。山村氏は「リクルートには伝説の営業マンがたくさんいるが、近いうちに伝説のエンジニアが続々と誕生する組織にしていきたい」と展望する。
(文=編集部)