吉田カバンの異色な直営店経営 社是「一針入魂」が“見える”店づくり、接客にも徹底
以前の店に比べて商品陳列も変わり、取材に訪れたメディアからも「スタイリッシュになりましたね」と言われるそうだが、それ以上に「実際に手に取り、自分に合ったカバンの使い勝手を見る」店づくりにこだわっている。
吉田カバンは創業以来、自社工場を持たず、社内のデザイナーと外部の職人が1対1で向き合い、カバン製作を続けてきた。カバンの原材料は世界各国から調達するが、生地や部材選び、裁断や縫製といった作業を行うのは、すべて日本国内の職人。本当の意味での「メイド・イン・ジャパン」を追求し、その手法で全商品を作り上げる。
社是「一針入魂」の“見える化”も行う
表参道店のもう1つの特徴は、店奥のガラス越しに職人が作業していることだ。訪れる日によって職人は替わるが、若手の男性と女性、ベテラン女性の3人が作業を行う。
ベテラン女性の名前は、野谷久仁子氏。創業者・吉蔵氏の次女で、10年にわたり直伝のカバン製作を父から学んだ。『手縫いで作る革のカバン』(NHK出版)、『いちばんよくわかる はじめての革手縫い』(日本ヴォーグ社)などの著作も持つ。普段は浅草・今戸の工房で作業するかたわら手縫い教室も主宰するが、表参道店でも作業を行う。
若手世代の男性と女性は、吉田カバン製作部に所属する社員だ。安藤学氏は入社後に、同社と長年付き合いのある職人のもとに常駐してカバン製作を学び、村林麗子氏も別の職人のもとで技術の腕を磨いた。今年に入って修業先から戻り、表参道店でも作業するようになった。日によっては、野谷氏の作業を横目で見ながら、よりいっそう技術を磨くことだろう。
そんな吉田カバンの社是は「一針入魂」だ。もともと吉蔵氏の口ぐせだった言葉である。以前、野谷氏は同社社員に向けて「カバン製作の講習会」も実施したが、受講者の感想で目立ったのが「一針入魂の本当の意味がわかった」だったという。
同社社員はもちろん、取引先の職人も、この精神を意識してカバン製作に取り組む。これまで多くの職人を取材したが、親子二代で作業を請け負う、そのうちの1人の作業場のホワイトボードには「俺がやらねば誰がやる」という言葉があった。現在も現役職人である父の書いた言葉だという。吉田カバンは自社商品の修理にも対応しているが、修理もこうした職人が担っている。
製造業がアンテナショップを運営するケースは珍しくないが、業種や企業によっては、イメージ戦略にとどまってしまう例も目立つ。そうした視点で考えると、吉田カバンの手法は、同社らしく実直そのものだ。ここで紹介したように、見えない部分で工夫を凝らしているのは、「非常に頑丈」と評価されるカバンづくりに通じるものがある。
「作業の見える化」は、デパートの地下食品売り場や駅ビルの人気総菜店などでよく見られるが、「クラチカヨシダ 表参道」は、商品演出で「ブランド理念」を伝え、作業場で「企業理念の見える化」を図っている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)