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町田徹「見たくない日本的現実」

マイナス金利という強烈な黒田バズーカ…一人で暴風雨に挑む「孤独な戦い」の限界

文=町田徹/経済ジャーナリスト
マイナス金利という強烈な黒田バズーカ…一人で暴風雨に挑む「孤独な戦い」の限界の画像1日本銀行(撮影=編集部)

 今度の黒田バズーカは強烈だ。「ゼロ金利」と「量的・質的緩和」という既存の枠組みの殻を破り、銀行が日銀に預金をしたら金利を取るというマイナス金利の導入に踏み切ったのだ。

 その狙いは、年初から続く金融、外為、資本市場の世界的な混乱とその悪影響に歯止めをかけることにある。昨年10~12月期が再びマイナス成長に陥ったのではないかとの観測が広がっており、あらゆる手を打って日本経済を守ろうという果敢な姿勢の表れとして高く評価したい。

 半面、筆者には、黒田日銀の奮闘が暴風雨で決壊しそうな堤防の補修にたった一人で取り組むような孤独な闘いに見えてならない。というのも、世界的な市場の混乱の元凶である中国の当局関係者らが国際会議で市場の「混乱」や「暴落」を「調整」と言いくるめて同国の抜本的な改善策の必要性を認めないばかりか、G20はもちろんG7ベースでも混乱解消に必要な国際協調を打ち出す動きがみられないからだ。ここは日銀任せにせず、政府も一丸となって、中国やG20諸国に危機封じ込めに取り組むよう働きかけるべきである。

 昔から、解散総選挙に関する内閣総理大臣の発言と、公定歩合操作に関する日銀総裁の言動は、ウソを言っても構わないとされてきた。今回で第3弾となる黒田バズーカは、そのコンセンサスをフルに活用してサプライズを増幅したものだった。

 まずは先月15日の衆院予算委員会だ。黒田東彦総裁は「現時点で追加緩和をする必要はない」と断言した。そして、同21日の参院決算委員会では、ずばりマイナス金利導入の可能性を問われて、再び「現時点で具体的に考えていない」と繰り返したのである。

 マイナス金利導入を正式に発表した同29日(先週金曜日)の記者会見で、そうした発言との整合性を問われて、黒田総裁は「(参院で答弁したのと同じ21日)世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に行くにあたり、事務方に緩和オプションの検討を依頼した。事務方は欧州のマイナス金利は従来から詳しく分析していた」とかわした。

 そのうえで、「新興・資源国経済の先行き不透明感から市場は不安定な動きになり、企業心理や人々のデフレ心理の改善が遅れ物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大している。リスクを未然に防ぎ2%の物価上昇に向けた勢いを維持するため、マイナス金利付き量的・質的金融緩和を導入する」と宣言したのだった。

 欧州では、欧州中央銀行(ECB)、デンマーク、スイス、スウェーデンの4つの中央銀行がマイナス金利を導入しているが、日本では今回が初めて。異例のチャレンジだ。

 過去の例をみると、市場の異常事態には異常な対策が必要だ。マイナス金利はそういった類いの金融政策といえる。

好ましくない副作用

 もちろん、好ましくない副作用も予想される。何より懸念されるのは、銀行の資金運用難の深刻化だ。今回のマイナス金利の適用対象は、銀行が日銀に預ける当座預金に絞っている。それも今後の増加分に限定されている。とはいえ、一段の金利低下が進むのは確実で、これまでの金融緩和で減少傾向にある銀行の運用益が、じっとしていればさらに減るだろう。すでに日銀が長期国債や株式など比較的安定した運用が可能な有価証券を市場からごっそり吸収しており、銀行はよりリスクの高い資産での運用を増やさざるを得なくなる。長引けば、バブル時代を彷彿させるような安易な投融資が横行するリスクも高まるだろう。

 それだけに、黒田総裁から寝耳に水の政策導入を諮られた29日の金融政策決定会合では、審議委員から混乱と効果を懸念する声が噴出した。

 だが、年初からの世界的な株価の暴落や金融・外為市場の混乱を指をくわえて見ているのは、あまりにもリスキーだ。残された時間が少ないとの危機感もあっただろう。前述の記者会見で、黒田総裁は「日本経済は基調として緩やかに拡大していく」と平静を装ったものの、足元は悪化の一途をたどっている。特に、2015年10~12月期のGDP(内閣府が15日に速報値の発表を予定)が2期ぶりにマイナス成長に転落するとの見方は強まる一方だ。

 前後するが、先月29日発表の12月分の経済統計でも、実質消費支出が4カ月連続のマイナス、鉱工業生産指数が2カ月連続の減少と、景気減速を裏付ける黄色信号が続々と灯っている。

 金融政策決定会合の採決は接戦になったが、最終的に賛成5に対して反対4とわずか1票差ながら、黒田総裁のマイナス金利導入策が支持を得た。ちなみに、票決が1票差になるのは、国債購入量や年限を拡充した14年10月の黒田バズーカ2に続くケースである。

 内外の市場は、好意的な驚きをもって黒田バズーカ3を受け止めた。副作用への懸念で市場が乱高下する場面もあったが、29日の東京市場では、日経平均株価が最終的に前日比で2.8%上昇、長期金利は0.09%と初めて0.1%を割り込んだ。外為市場でも円安が進んだ。海外では、英国株(FTSE100)が前日比2.56%の上昇、米国株(ダウ工業株30種平均)が同2.46%上昇をそれぞれ記録した。短期的な効果は抜群だったと評価してよいだろう。

 問題は、黒田バズーカ3の賞味期限である。一般的に金融政策の効果は短期的なものだ。財政再建下で財政政策の出動が困難なのは明らかだが、アベノミクスの導入当初からの懸案である規制緩和を中心とした構造改革の、これ以上の先送りは論外である。

日銀だけでなく政府も一丸となるべき

 そもそも年初からの世界的な株安や金融資本市場の混乱の主因は、統計が出鱈目で深刻さの程度すらはっきりしない中国経済への不信感と、原油を中心とした資源価格の低迷に伴う資源国経済のダメージに対する懸念である。

 それらを解消するためには、中国当局の統計整備や抜本的な経済改革、中国が通貨不安の震源にならないための国際協調策の構築などが避けて通れない。しかし、中国の当局関係者たちは、ダボス会議の様々なセッションで、一連の市場の混乱を「混乱」と認めず、単なる「調整(アジャストメント)」と強弁して事態を矮小化する姿勢に終始し、出席者たちを閉口させたという。

 黒田総裁自身は先の記者会見で、原則論であり、特定国を念頭に置いたものではないと断ったうえで、「(ダボス会議で)為替相場の安定性を維持しながら必要な金融政策を進めるためには、資本規制を行うことに一定の合理性がある」と訴えたこと、金融危機の際に米ドルなどを相互に融通し合う通貨交換協定の復活について「現在、中国との間で対話を行っている」ことを認めたという。

 せっかく黒田バズーカ3で貴重な時間を稼いだのだから、記者会見で明らかにした施策を含め、日銀だけでなく政府も一丸となって、G20やG7諸国を動かしながら中国に対応するよう圧力をかけていくことが肝要である。
(文=町田徹/経済ジャーナリスト)

町田徹/経済ジャーナリスト

町田徹/経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト、ノンフィクション作家。
1960年大阪生まれ。
神戸商科大学(現・兵庫県立大学)卒業。日本経済新聞社に入社。
米ペンシルべニア大学ウォートンスクールに社費留学。
雑誌編集者を経て独立。
2014年~2020年、株式会社ゆうちょ銀行社外取締役。
2019年~ 吉本興業株式会社経営アドバイザリー委員
町田徹 公式サイト

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