バイデン米大統領は6月28日、自身が掲げる経済政策「バイデノミクス」の妥当性を有権者に対して改めて訴えた。バイデノミクスの狙いは、米国の競争力強化に資する対策を積極的に講じることにより、中間層が豊かに暮らせる社会を再現することだ。その主要政策の1つが米国における電気自動車(EV)産業の振興だ。米国では昨年8月にインフレーション抑制法(IRA)が成立し、北米で組み立てられたEVを購入する消費者は、最大で7500ドルの税額控除を受けられることになった。
これが起爆剤となって、米国ではEV関連投資が急増している。6月4日付日本経済新聞は「米国や欧州、日本、韓国の主要自動車メーカー10社の北米でのEV関連投資は、昨年から2028年までの7年間で20兆円以上に達する見通しだ」と報じた。主要10社の投資はEVの競争力を左右する電池に集中しており、全体の投資額の7割を占める。これにより、米国では2030年に年間1300万台のEV生産が可能となる見通しだ。
バイデン政権は「2030年までに米国で販売される新車の半数をEVが占めることになる」と鼻息が荒いが、自動車メーカーはEVへの移行に自信が持てないでいるようだ。英コンサルテイング会社KPMGが昨年12月に発表したアンケート(対象は米国の自動車業界の幹部900人以上)結果によれば、回答者は「2030年までに米国の新車販売に占めるEVの割合は35%にとどまる」と考えている。2021年の調査結果(2030年までに米国の新車販売に占めるEVの割合は62%になる)から大幅に後退した形だ(6月19日付BUSINESS INSIDER)。
コスト高と充電ステーションの不足
自動車業界がEVの普及に自信が持てない最大の理由はコスト高だ。バッテリー価格の高騰でEVの価格は上昇し続けており、自動車の推奨小売価格を提供するケリー・ブルー・ブックによれば、昨年11月のEVの平均価格は6万5041ドルに達した。一方、同時期のガソリン車の新車価格は4万8681ドルだった。EVを購入する消費者が7500ドルの税額控除を受けたとしても割が合わない。ガソリン価格が過去最高に達した昨年、EVに対する関心が大きく高まったが、価格が下がった今はそれほどでもない。EVの走行距離の短さも大きな弱点だ。自動車情報サイトのアイ・シー・カーズによれば、平均的なEVの年間走行距離は約1万4600キロメートルであるのに対し、ガソリン車は約2万500キロメートルだ。
そのせいだろうか、EV販売はこのところ低調気味だ。米国の新車販売に占めるEVのシェアは2020年3月の2.6%から2023年2月に8.5%まで高まったが、3月にブレーキがかかり7.3%に下がった。米調査会社JDパワーは「EV販売が壁にぶつかりつつあることの表れだ」と見ている。同社が5月1日に発表した調査結果によれば、次に買う自動車としてEVを検討する可能性が「非常に低い」と答えた米消費者の割合は、今年1月は18%、2月は19%、3月は21%と上昇傾向にある。一方、EVを検討する可能性が「非常に高い」という回答はこの間ほぼ横ばいで、3月は27%だ。
EVを検討しない理由として最も多いのは、相変わらず充電ステーションの不足と価格だ。他にも航続距離への不安、充電に要する時間、停電といった電力網をめぐる懸念が挙げられている。EV購入のインセンテイブである税額控除についても「運用の面で不透明な点が多い」との苦情が寄せられている。年代別に見ると、ベビーブーム世代(1946~64年生まれ)以上の年齢層では、大半の人がEVを検討していないと回答している。
米国民の日々の生活の厳しさ
長年の習慣を捨てることは難しい。慣れているものは快適だし、予想外の事態に見舞われることは少ない。米国でも高齢化が進んでおり、国民の意識が保守的になっていることが6月8日に発表された米ギャラップの世論調査で明らかになっている。だが、驚くことにZ世代(1995~2004年生まれ)でも、EVを検討しない可能性が「非常に高い」又は「どちらかで言えば高い」と答えた割合が33%に上った。その理由は日々の生活の厳しさにあるだろう。インターネット金融サービスのレンデイングクラブが3月8日から17日にかけて実施した調査によれば、Z世代の成人の66%が給料ギリギリの生活をしている。
生活苦はZ世代に限ったことではない。多くの米国人はすでにリセッションの痛みを感じている。ブルームバーグが4月26日から5月8日にかけて調査した結果によれば、日々の生活費の捻出に困難となった米国の成人の数は8910万人に達した。その比率は39%と記録的な水準となっている。EVへの転換は環境面でプラスなのはわかるが、「ない袖は振れない」。
1970年代、米国政府は高い燃費基準を設けて、自動車メーカーに小型エンジンを積んだコンパクトカーを生産させようとしたが、SUVなど大型車を好む当時の消費者が「ノー」を突きつけた前例がある(5月12日付けForbes)。他人からの強制に強い反発を覚えるとされる米国人の間でEV離れが起きているように思えてならない。バイデン政権はかつての「二の舞」を踏んでしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)