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就業者7人に1人が65歳以上…急増する高齢労働者と、水面下に沈む「隠れ労災」

2026.06.08 05:55 2026.06.08 00:30 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松田美里/社会保険労務士

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●この記事のポイント
65歳以上の就業者が930万人と過去最多のなか、60歳以上が労働災害死傷者の約3割を占める。にもかかわらず「加齢のせい」「持病があるから」という誤解や、非正規雇用者の申請忌避により隠れ労災が多発。労災認定に年齢は無関係で、既往症があっても業務起因の悪化は補償対象となる。申請の4ステップと企業側の安全配慮義務違反リスクも解説。

 総務省の労働力調査によると、2024年の65歳以上の就業者数は930万人と過去最多を更新し、21年連続で増加が続いている。就業者全体に占める割合は13.7%と過去最高で、いまや職場の7人に1人は65歳以上だ。65〜69歳に絞れば就業率は53.6%に達し、この年齢層では2人に1人以上が現役として働いている計算になる。

 一方で、この高齢就業者の増加に比例するように、労働災害(労災)の件数も高止まりしている。厚生労働省が公表した2023年の労働災害発生状況によると、休業4日以上の死傷者数は13万5371人と3年連続で増加。そのうち60歳以上が占める割合は29.3%に上る。雇用者全体に占める60歳以上の割合(18.7%)と比べても、被災の比率が明らかに高いことがわかる。

 発生率を1000人当たりで見ると、その差はさらに鮮明だ。労働政策研究・研修機構(JILPT)の分析では、60歳以上の死傷年千人率は男性3.91、女性4.16。30代男性(約2.0)と比べて約2倍、30代女性(約1.0)と比べると約4倍という水準である。事故の種類別では、女性の「転倒による骨折等」の千人率が60歳以上(2.41)は20代(0.16)の約15倍という衝撃的な数字も出ている。

 それにもかかわらず、現場では「老化のせいだから仕方ない」「持病があるから労災にはならない」と思い込み、申請すらしない”隠れ労災”が相当数発生していると専門家は指摘する。この認識の歪みこそが、高齢労働者が本来受けるべき補償を受けられない最大の障壁になっている。

●目次

なぜ高齢者は労災申請を諦めてしまうのか——3つの「誤解の構造」

誤解①「加齢のせい」という自己責任論

 階段でつまずいた、重い荷物を持ち上げたら腰を痛めた——こうした場面で「足腰が弱くなったせい」「自分の不注意」と片付けてしまう高齢者は少なくない。しかし労災認定の本質は「どこで起きたか」「何をしていたときに起きたか」であって、「なぜ起きやすかったか」の体質論は問わない。

 社会保険労務士の松田美里氏はこう語る。「高齢だから転倒しやすい、というのは素因ではありますが、それは加害の側の問題ではなく、だからこそ職場が環境を整備すべきという話です。業務中に起きた事故であれば、年齢は関係なく業務起因性の判断をします」

誤解②「持病・既往症があるから無理」という諦め

 腰痛持ち、高血圧、変形性膝関節症——ある程度の年齢になれば既往症のひとつやふたつは珍しくない。だが「持病があるから労災にはなれない」というのは明確な誤解だ。もともとの症状が業務によって「著しく悪化(増悪)」した場合も、労災の対象になる。これを「相当因果関係」と呼ぶ。

「既往症があること自体は、労災認定の否定要件にはなりません。問題は、業務がその症状を悪化させるほどの負荷をかけたかどうかです。そこは医師の意見書と就労状況の記録が重要な判断材料になります」(松田氏)

誤解③「非正規だから」「雇い止めが怖い」という心理的抑圧

 65歳以上の就業者のうち、役員を除く雇用者の大半は非正規形態だ。「迷惑をかけたくない」「申請したらクビになるかもしれない」という心理は、特に立場の弱い高齢の非正規労働者に根強い。

 しかし事実として、パートやアルバイトを含む「労働者」はすべて労災保険の対象であり、雇用形態は問わない。さらに重要なのは、労災申請を理由とした解雇は労働基準法第19条で禁じられているという点だ。この法的保護について、多くの高齢労働者が認識していないのが現状である。

年齢は一切問われない——労災認定の2つの原則

 労働者災害補償保険法における労災認定は、以下の2原則に基づく。

1.業務遂行性:使用者の支配・管理下にある状態で発生した災害か。就業中や待機中なども含まれる。

2.業務起因性:業務とケガ・病気の間に相当因果関係があるか。

 この2つの条件を満たせば、年齢・雇用形態・国籍・在職期間を問わず、原則として労災と認定される。労働基準監督署が審査するのは「業務が原因かどうか」であり、「何歳だったか」ではない。

「高齢を理由に認定を断ったり、申請を諦めさせようとしたりする行為は、そもそも法的に正当な根拠がありません。申請後に労基署が本当に年齢を問題にするケースは、私の経験上ほとんどありません。問題は申請にたどり着けないことにあります」(同)

現場でケガをしたら——絶対に抑えるべき「4つの即応ステップ」

 万が一の事態に備え、行動の手順を確認しておこう。

ステップ1:すぐに報告し、状況を記録する(発生直後)

 どんな軽傷でも、その場で上司や同僚に口頭報告する。目撃者がいれば氏名を控え、スマートフォンで現場の写真を撮っておく。「いつ・どこで・どんな作業中に・どう負傷したか」を簡潔にメモするだけで、後の申請プロセスが大きく変わる。

ステップ2:受診時に「仕事中のケガです」と明告する

 病院の受診窓口で必ず「業務上の怪我です」と伝える。ここで重要なのは健康保険証を使わないことだ。労災指定病院であれば窓口での自己負担はゼロ。指定外の病院でも一時立替払いの後、全額が返還される仕組みになっている。

 なお、誤って健康保険を使ってしまった場合も、後から労災へ切り替える手続きが可能なケースがある。気づいた段階で病院または加入中の健康保険組合に相談するとよい。

ステップ3:医師に業務と負傷の因果関係を正確に伝える

 持病がある場合は特に、「この業務によってこのような動作をした結果、以前からあった症状が急激に悪化した」という経緯を診察時に丁寧に説明する。この情報が医師の「意見書」に反映されるかどうかが、労基署の判断を左右する重要な分岐点になる。

ステップ4:労働基準監督署に申請書を提出する

 会社が手続きを拒否・放置している場合でも、労働者本人が直接、所轄の労働基準監督署に申請することができる。申請書類(休業補償給付なら様式第8号など)は厚生労働省ウェブサイトからダウンロード可能で、窓口でも入手できる。

 会社が「事業主証明」を拒んでいる場合も、その旨を労基署に申し出れば受理される。「会社が協力してくれないから申請できない」は誤解であり、あきらめる必要はない。

経営者・人事担当者が知るべきリスク——「労災隠し」は犯罪行為

 企業の管理職や経営者にとっても、この問題は対岸の火事ではない。

 まず明確にしておくべきは、労災を隠蔽すること自体が犯罪行為だという事実だ。労働者死傷病報告書の不提出や虚偽記載は労働安全衛生法違反(同法第100条・第120条)に該当し、書類送検・罰金刑の対象になる。実際に過去には、派遣先・派遣元の担当者が連名で書類送検された事例もある。

 加えて、高齢労働者が被災した際に問われるのが安全配慮義務(労働契約法第5条)だ。高齢者特有の身体的特性——視力・筋力・反応速度の低下、熱中症への脆弱性——を考慮した職場環境の整備を怠り、その結果として労働災害が発生した場合、会社は民事上の損害賠償責任を負う可能性がある。具体的には、段差の解消・手すりの設置・適切な休憩の確保・熱中症対策といった物的・人的整備が求められる。

「高齢労働者が増えるほど、企業のリスク管理において安全配慮義務の比重は高まります。コストとして捉えるのではなく、戦力として活躍してもらうための投資として考えるべき視点が今後ますます重要になります」(同)

 なお、厚生労働省が策定した「第14次労働災害防止計画(2023〜2027年度)」では、高年齢労働者の死傷者数を2022年比で5%以上減少させることを目標に掲げている。企業として、この流れに積極的に対応していくことが、採用競争力の観点からも合理的な判断といえる。

「生涯現役時代」に必要なのは、正しい知識という安全網

 高齢就業者930万人時代の日本において、労働災害は「若い人の問題」ではなくなっている。60歳以上の労働者が全死傷者の約3割を占めるという現実は、社会全体で認識されるべきデータだ。

 しかし、それ以上に深刻なのは、本来受けられるはずの補償を「年を取ったせい」「持病があるから」「会社に申し訳ない」という思い込みで手放してしまっている高齢者が潜在的に多く存在することかもしれない。

 労災保険は、業務によって生じたすべての労働者の傷病を、年齢や雇用形態を問わず補償する仕組みとして設計されている。「働くすべての人に等しく機能する制度」であることを、労働者側も企業側も改めて認識しておく必要がある。

 生涯現役を支える社会インフラの柱のひとつは、正しい知識を持つことから始まる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松田美里/社会保険労務士)

公開:2026.06.08 05:55