「事実誤認がいっぱい書いてあります」
原子力規制委員会の田中俊一委員長は先週15日の定例記者会見で、司法判断に対して明確に反論した。福井地裁が前日に下した関西電力高浜原子力発電所運転差し止めの仮処分決定で、「新規制基準は緩やかにすぎ、適合しても原発の安全性は確保されていない」と同委員会をやり玉に挙げたことに応じたものだ。読者の中には、原発の再稼働差し止めを高く評価した人が多いかもしれない。この決定を出した樋口英明裁判長は、使命感や正義感が強い熱血漢のようでもある。
しかし、仮処分には、田中委員長が指摘した事実誤認とは別の問題もある。裁判官が、原発の事故リスクだけにこだわりすぎていることだ。その結果、地球温暖化の防止や安定的なエネルギー供給といった国政レベルの公共の利益の観点が、すっぽりと抜け落ちてしまった。異動で担当を外れた裁判官にこうした決定を下す機会を与えたことも含めて、司法と裁判所への信頼を損ないかねない事態といわざるを得ない。
裁判長を務めた樋口氏は、1983年に判事補となり、裁判官歴が30年を超えるベテランだ。2014年5月には、大飯原発の運転をめぐり、差し止め判決を下している。今回は、住民らが高浜、大飯両原発の運転差し止めの仮処分を求めていた。樋口裁判長は3月11日、原子力規制委員会の新規制基準の審査にパスした高浜原発のケースを大飯原発と切り離し、早期に決定を下す方針を提示。これに「議論が尽くされていない」と反発した関西電力が裁判官交代を求める忌避を申し立てる事態になったものの、福井地裁、名古屋高裁金沢支部のいずれでも却下されたという。
関電の時間稼ぎ戦略が、かえってやぶ蛇になった印象は免れない。その後、樋口裁判長は4月1日付で名古屋家裁に異動となったが、名古屋高裁が福井地裁判事職務代行の辞令を発令したため、引き続き本件を担当し、仮処分決定を下すことになった。
新規制基準自体を突き放す
仮処分の決定文は、資料を含めてA4用紙で67枚だ。主文には「高浜発電所3、4号機の原子炉を運転してはならない」とある。次いで、「債権者(住民)の主張」「事案の概要」「争点と債権者、債務者(関西電力)の主張」が順に説明されている。そして、最後に「裁判所の判断」が続く構成だ。ここで印象的なのは、冒頭の「原子力発電所の特性」の部分だ。「他の技術の多くが運転の停止によって、その被害の拡大の要因の多くが除去され、たとえ爆発を伴う事故であっても短時間のうちに収束の方向に向かうのとは異なる」と、裁判官自身が原発に強い危険性を感じていることがうかがわれる。
そのうえで、「4つの原発で5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来している事実を重視すべきは当然」と、政府の基準地震動の合理性に疑問を投げかけた。(1)宮城県沖地震時の女川原発、(2)能登半島地震時の志賀原発、(3)中越沖地震時の柏崎刈羽原発、(4)東日本大震災時の福島第一原発、(5)東日本大震災時の女川原発と問題の5例の列挙も忘れていない。「地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法」や「活断層の評価方法」に大差がない以上、「本件(高浜)原発の地震想定だけが信頼に値する根拠は見い出せない」と切り捨てた。