『愛の不時着』、日本でも社会現象に…愛と政治と歴史を描き切る 繰り返し見る人続出
韓国テレビドラマ『愛の不時着』の勢いが、すごいことになっています。
2月にNetflixで配信が始まり、日本ではその後の外出自粛期間もあり視聴回数が増え続けています。私も外出自粛期間に全16話を1日で見終えて、しばらくずっと各シーンを家人に語っていたほどです。口コミでの広がりだけでなく、一度観た人が繰り返し観ることもあって、現在もNetflix の人気作品ランキングでトップ10入りを続けています。
なぜ、これほどヒットしているのでしょうか。
韓国を代表する長身イケメン俳優ヒョンビンのカッコ良さ、日本でも大ヒットした『私の頭の中の消しゴム(2004年公開)」のヒロイン、ソン・イェジンの愛らしさ、他の個性的なキャストの魅力はもちろんありますが、ヒットの大きな要因の一つは素晴らしい脚本にあります。
物語は、韓国財閥令嬢であり敏腕経営者のヒロイン、ユン・セリ(ソン・イェジン)が新製品のパラグライダーを自らテスト飛行し、竜巻に巻き込まれて38度線を越えてDMZ(非武装中立地帯)に不時着するところから始まります。
高い木に引っかかっている彼女を見つける北朝鮮のエリート青年将校リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)との出会いはコミカルで、途中から「これはよくあるラブストーリーなのか?」と感じますが、そこで観るのをやめないでほしい。物語はさらに深く広いテーマで進んでいきます。
筆者は2002年に北朝鮮を訪れたが、過去に訪朝した経験のある人であれば、平壌や開城を美しく描きすぎているとか、地方の家はもっと粗末だとか、北朝鮮兵士はドラマの登場人物よりずっと痩せているといったことを知っていますが、それは物語の描き方の一部であって本筋ではありません。
それよりも、開城工業団地が歴史的に持つ意味であったり、今年6月に北朝鮮が爆破した南北共同連絡事務所の意味だったり、世界軍人大会に触れていたり、中国の瀋陽も舞台のひとつであることなど、歴史と政治を学ぶこともできるドラマです。
物語の主題となっているのは「愛」と「家族」
「愛とは何か?」というシンプルな設定ではなく、愛と執着の違いや、母の愛は母の呪いとつながっていること、また「家族」の問題にきちんと向きあっている作品でもあります。大富豪の主人公家族の中にある葛藤だけでなく、金持ちではなく尊敬を受けているわけでもない男にも大切な家族があることを丁寧に描くことで、観る者それぞれの家族を投影することもできます。
ヒロインが本当の愛を知り、人を信頼することを知っていくプロセスだけでなく、北朝鮮兵士の仲間意識などを観ているうちに泣けてきます。翌日まぶたが腫れるほど涙が流れて止まりません。泣きたいときに観るドラマであるともいえますし、若い女性だけでなく、中高年女性も男性も、もう一度「恋する心」を思い出すためにもぜひ観ていただきたい作品です。
『愛の不時着』ファンは、繰り返し何度も観ていますが、それも当然のことと思います。物語の中に細やかな伏線が随所に張られており、それを中盤から後半にかけて回収していく展開も見事ですので、繰り返し観ることで、それまで気づかなかった伏線を見つける楽しみもあります。
(文=池内ひろ美/家族問題評論家、八洲学園大学教授)