社会の底辺で「ムショぼけ」だった男の志がドラマに…なぜ実現できたのか【沖田臥竜コラム】
タイミングとは重なるものである。25歳の秋。21歳で過ちをおかし、“更生施設”で強制的に一人暮らしを余儀なくさせられていた私は、それでも人に支配されるということに反発心をたぎらさせ、「誰に対してもタメ口をきく」というくだらぬ信念を貫いていた。結果、どうなるか。不自由な暮らしがさらに不自由になっただけであった。今、思い出しても、クスッと笑ってしまうくらいバカである。
そんなときに、ラジオから流れてきたのが、浅田次郎著の『鉄道員(ぽっぽや)』の紹介だった。そして、母親から届けられた本が、偶然にも『鉄道員』だったのである。
あの時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
文字で綴られた言葉で人の心を鷲掴みにし、感動の極地に到達させることができるのか……。そんな想いと同時に「ここしかないのではないか。オレの不出来な人生を挽回するには、小説を書くしかないのではないか」という強い衝動に駆られたのであった。
そこから、私の戦いが始まったのだ。強制的に午後9時に就寝させられるまで、書いて、読んで、写してという作業を何年も何年も繰り返したのだ。
そして、初めて書き上げた小説のタイトルが『ムショぼけ』だった。
ムショぼけ。長年の刑務所暮らしによって、社会と隔離された生活を送った者が出所後に世の中の環境の変化やスピードについていけない現象をこう表現した。
内容は、現在、小学館から出版されている『ムショぼけ』とは全く違うが、私にとっての処女作である。ずっと、このタイトルだけは頭に残っていたのだ。
まさかそのとき、20年の時を経てこんな形で報われる日がくるなんて、あの時は思いもしなかった。『ムショぼけ』が地上波ドラマになり、この10月から放送されるようになるとは……もしあの時の私に「おい、やったぞ! そのクソみたいな小説のタイトルが、ドラマになるぞ!」と言ってやれば、当時の自分はなんと言うだろうか。
考えるまでもない。やはり20年後の私にまでタメ口をきいてきて、今の私を不愉快にさせてくれることだろう。
私は綺麗事が大嫌いな人間である。照れくさいではないか。だからあえて、今の姿を誰に見せてやりたい、と問われれば、あの時の自分に見せてやりたいと切に思う。孤独にのたうちまわり、絶望と共に暮らしていた彼に、今の姿を見せてやりたいと思うのである。
誰かのせいにするなら、自分の頑張りでそれを変えればいい
それでも、ここまで来たのだ。そんな自分と46年間付き合ってきたのだ。社会復帰後、まず敬語を使えるようになる辺りから初めなければならなかったので、ずいぶんと損もしてきた。だけど、今さら根本的な性格を変えるつもりだけは、すまんが1ミリもない。
失うことを恐れて、言いたいことも言えないくらいならば、私は明日、人生の幕を下ろしたとしても後悔はない。ただ、最期に痛い思いをするのは嫌だな〜くらいである。
考えてみろ。小学校の夏休み。地元・尼崎のラジオ体操で通った公園や、好きな子と歩いた思い出の場所に、テレビで観ていた芸能人を連れてきたのだぞ。そう、ドラマ『ムショぼけ』はすべて尼崎やその周辺で撮影したのだ。私の人生にとって、これ以上の快挙があるだろうか。
ただ、それだけの努力はやってきた自負はもちろんある。誰も真似できない領域の努力を、バカのひとつ覚えのようにやってきたことだけは私が一番知っている。
そしてだ。どんな人生であれ、何年も何年も諦めずに頑張っていれば、報われる瞬間は誰にだってある、ということを私が私の人生で証明してみせた、という自覚もあったりする。
だから、あなたも頑張ろう、などというおせっかいはもちろん言わない。
ただ、生きづらい窮屈な世の中でも、たとえコロナ禍であったとしても、頑張れること、報われることがあるのは確かだろう。いつも何かのせい、誰かのせいにするくらいならば、まず自分の頑張りでそれを変えればいい。
窮屈な世の中に、ドラマ『ムショぼけ』に携わってくれたスタッフ、キャスト、朝日放送、小学館の人々がそれを証明してくれている。みんなが情熱を燃やして寝る間を惜しみ、証明してくれている。こんな素晴らしい作品ができるということを。
私たちチーム『ムショぼけ』は責任を持って言える。この作品を観た人に損はさせない。秋の夜長に、思いっきり笑って、時に涙し、最後に大切な人を思い出してほしい。
そんな物語になっていると思う。
耳を澄ませば、20年前、誰にでもタメ口をきくことを信念とし、ムショぼけを患うことになる私の「うそちゃうやろうな……」という減らず口が聞こえてきそうである。
(文=沖田臥竜/作家)
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