NHK大河ドラマ『いだてん』の第22話が9日に放送され、平均視聴率は前回から1.6ポイント減の6.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)だったことがわかった。ここのところは8%台をキープしていたが、間もなく折り返しを迎えようかというところで、まさかの大幅ダウン。第14話で記録した大河ドラマ史上最低視聴率(7.1%)を下回り、ワースト記録を更新する結果となった。一方、裏番組の『ポツンと一軒家』(テレビ朝日系)は、この日の放送で平均視聴率20.3%という大台を達成。明暗の分かれる結果となった。
インターネット上では「いだてん、つまんないからね」「受信料で低レベルな作品をつくるのはやめてしまえ」「大河で朝ドラみたいなのやられてもなあ」など、この結果は当然だと批判する声が多く上がった。
だが、『いだてん』第22話がワースト記録をたたき出すほどつまらなかったのかといえば、実は決してそうではない。本編の内容は、「神回」と評する視聴者が続出するほど感動的であり、考えさせられるものだった。あらすじを簡単に振り返ろう。
東京府立第二高等女学校、通称「竹早の第二高女」では、金栗四三(中村勘九郎)の指導により女学生たちがスポーツに取り組んでいた。そのなかの一人、村田富江(黒島結菜)は自分でデザインしたユニフォーム姿が話題となり、「スポーツアイドル」として全国的な人気を博す。そんなある日、村田は招かれて試合をしに行った岡山で人見絹枝(菅原小春)と出会う。日本人離れした体格から生み出されるパワーに圧倒され、手も足も出ない村田。だが、人見は「男のようだ」「化け物だ」と人から言われる自身の容姿にコンプレックスを抱いており、スポーツと向き合うことを拒否していた。
一方、金栗は初めての女子陸上大会を開催する。短距離走に出場した村田は、新調したスパイクが足に合わなかったため、素足に靴を履いて出走。3つの部門で優勝を果たした。ところが、娘が衆人の前で脚をさらしたことを知った村田の父は激怒。署名を集めて金栗を学校から追放しようとする。だが、それを知った女学生たちは学校に反発。教室にバリケードを築いて立てこもり、金栗をやめさせないように要求した――という展開だった。
人見絹枝が後に日本人女性初のオリンピック選手となることは、公式サイトにも登場前から記されている公認ネタバレである。おそらく今後、「日本で異端扱いされた人が世界で活躍する」という物語が繰り広げられていくのだろうが、今回はその前のネタ振りが存分になされた。村田の対戦相手として人見が登場した時には視聴者の誰もが「デカい」「ゴツい」と思ったはず。だが、彼女自身はそんな言われように傷ついていたことが後でわかる仕掛けになっていた。いつの間にか、視聴者もドラマの中に巻き込まれているのだ。脚本の宮藤官九郎がたびたび用いる手法が生かされている。
村田が陸上競技を走るために素足を露出したら保護者や学校を巻き込む大問題になった――というエピソードも興味深い。何しろ、スタートの順番を待つ村田がハイソックスを脱いだだけで周囲から悲鳴が上がり、周囲は騒然。記者たちはカメラを手に殺到し、運営の野口源三郎(永山絢斗)は「写真はご遠慮ください」と制止しなければならなかったのだ。
現代からは想像もつかないが、人前で脚を出す行為がどれほど「若い女性にとってあってはならぬこと」だったのかをうかがわせる。並みの脚本家なら、「脚を出すなど、はしたない!」などといった台詞を誰かに言わせてしまうところだが、一切、説明調の台詞を加えずに「とんでもないことが起きた」という状況を視聴者に示してくれるあたり、クドカンの描写力はさすがである。
女性は脚を露出すべきではないと主張する村田の父や教職員らは、「みっともない」「女らしくない」といった理由しか示すことができない。それに対して、「男子は良くて女子が悪か理由ばお聞かせ願いたい」「(好奇の目にさらされるとしたら)そりゃ男が悪か! 女子にはなんの非もなか! 女子が靴下ば履くのではなく、男が目隠ししたらどぎゃんですか!」と正論をぶちかます金栗。痛快極まりない。
描かれている「事件」そのものは、我々の時代には論争にもなり得ないものだが、頭の固い人々に向かって金栗がまくしたてた言説は、現代にもそのまま当てはまる。学校に反発して立てこもった女学生たちも、「女らしさってなんですか!」「女らしい、らしくないって誰が決めたんですか? 男でしょ!」といきり立つ。折しも、女性が職場でハイヒールやパンプスの着用を強制されるのはおかしいとする運動が話題となっていることから、世相にタイムリーだったとする声もあるが、実際のところこの問題は100年間ずっとタイムリーなのだろう。別の言い方をすれば、金栗や女学生たちが100年前に社会に問いかけた問題は、100年たっても解決していないという意味だ。
現代の我々から見れば、「女性が素足を出すのはみっともない」と騒ぐ100年前の人たちは愚かであり遅れているように見える。だが、おそらく100年後の人々から見れば、我々の常識や社会慣習も遅れているに違いない。そんなことを視聴者一人ひとりに考えさせる、意味深い脚本だったと評価したい。
その一方で、プロパガンダの押し付けを回避したバランス感覚も見事であった。金栗には「肌を露出して速く走れるなら出せばいい」という単純なスポーツマンの思考しかない。別に、女性の地位向上や女性解放運動に興味や理解があったわけではないのだ。女学生たちも特に思想的な背景があるわけではなく、「スポーツの楽しさを奪われるのはごめんだ」と思っているにすぎない。劇中の登場人物の言動として不自然でないから、現代の世相を風刺したり批判したりするようなことを言っても、そこだけ浮いてしまうことがない。非常にいい作劇がなされていたと思う。
唯一残念だったのは、アヴァンタイトルで繰り広げた落語パートが長すぎたこと。後に古今亭志ん生(ビートたけし)となる美濃部孝蔵(森山未來)が真打に昇進し、周囲に勧められて、おりんという名の女性(夏帆)と結婚したものの相変わらず自堕落な生活を続けた――という、金栗とはまったく重ならない話が延々と続き、「いつになったら本編が始まるのだろう」と視聴者を不安にさせたりあきれさせてしまったりしたことは否めない。本編を最後まで見れば、奥さんを困らせている点では同じ、という美濃部と金栗の共通点がわかるようになってはいたが、絶賛する視聴者のなかにも「あれでチャンネル変えた人も結構いると思う」「本編は最高におもしろかったのにアヴァンがなあ……」と、構成を惜しむ声があった。
さて、次回第23話はついに劇中で関東大震災が起こる。第20話から続いた「女子スポーツ編」はドラマとして非常におもしろかっただけに、これですべての動きがいったん止まってしまうのかと思うと、切ない。クドカンが震災と復興をどう描くのかに注目したいが、題材的に次回も視聴率は上がりにくいだろうなあという気もしている。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)