挙式までの5日間、抗いがたい性欲に身を任せるふたり

白石　周りを見渡すと、何かに怒っている人が多いと思いませんか？　一人ひとりは怒ることでストレスを解消しているつもりかもしれませんが、世の中がとても対立的になってきて、寛容さを失っているように思います。息苦しいですよね。こういうときには、外に出ないで、家の中にいたほうがいいですよ。家の周りで、雷が始終落ちているようなものですから。

　私は、このような状況がしばらく続くと思います。この状況を打破するためには、個人の力ではどうしようもない。そういうときには、私がこの小説に書いたように、閉塞した世界と自分とを切り離し、家の中でどのようにして快適に暮らすかを考えることが大事ではないでしょうか。

ーーだから、設定上、ある途轍もない出来事が目の前に迫っているときでさえ、この2人は快楽をむさぼっているということですか？

白石　ええ。その途轍もない出来事というのは、科学的根拠に基づいた、今後起こりうることですが、誰かが止められる類のものではない。そうであれば、先のことをいろいろ考えて、それに合わせて人生設計をしたり、気に病んだりしないことです。自分と切り離したほうがいい。それによって、自分を見失わずに済むはずです。

●女の人のすごさ

ーー結婚を直前に控えた直子は、「今夜だけ、あの頃に戻ってみない？」と賢治に肉体関係を迫りますが、そのときの直子の心理はどのようなものだったのでしょうか？

白石　年齢が36歳である直子は、東日本大震災が起きたこともあって、子どもを産みたかったのですね。そういう理由で彼女は結婚を決意したわけですが、見ず知らずの人と結婚するということに対する不安は、すごく大きかったと思います。そういう不安から逃れたかったのでしょうね。そのときに、昔肉体関係があり、今でもどちらかというと好きな男が現れたわけです。

　大震災後に出産した人が、私の周りでも何人かいますが、世の中の閉塞状況や原発事故などを考えると、いま子どもを持つということはなかなか決断できませんよね。それでも子どもを産む人がいます。それどころか、女の人は、人がたくさん死ぬと子どもを産みたいと思うそうです。外に出るのは、非常に危険だし、繁殖のために不利益である。だから、家の中でせっせと子どもを産む。男と違って、すごいですよね。男は、ただおろおろするだけですから。

ーーこの作品に限らず、白石さんの一連の作品には、詳細なセックス描写が多いですね。

白石　セックスについて書くのは大好きです。作家の人は、みんなそうだと思います。嫌で書いている人はいないと思います。書いているときは生き生きとしますよ。だから、とても大事なことなのではないですか。

ーーセックスは人生において、とても重要だということですか？

白石　すごく重要だと思います。セックスの素晴らしさは、理念的なものではなく、肉体的なものですね。肉体が潤うことで、精神も潤う。セックスは、人間にとって、生殖のためだけにあるのではないと思います。生殖のためであれば、女性はそれほどしなくていいことになります。ということは、生殖以外の目的がある。
　
　私は、セックスの目的は生殖のためが半分で、残りの半分はセックスすること自体に喜びがあるのだと思います。人間は感情が豊かでしょう。その感情の豊かな存在同士がお互いを承認して受け入れ合うためには、好きだとか、あなたのことを思っているとか、そういう言葉のやりとりだけでは足りないのです。
　
　生殖、つまり子どもを作るという目的ももちろんありますが、その結果として、子どもを育て続けなければいけないわけですね。そのときに、言葉のやりとりで足りない部分を補うために、人間は肉体的な接触をものすごく発達させたのではないかと思います。だから、性的な関係はものすごく重要だと思います。セックスまでいかなくて、寝室が別ではないとか、くっついて一緒に寝るとか、いわばスキンシップですよね。それだけでも全然違うと思います。