10月20日、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、便秘薬の酸化マグネシウム製剤に関する安全性情報を公表しました(「酸化マグネシウム(医療用)の『使用上の注意』の改定について」)。PMDAは、医薬品、医療機器等の審査及び安全対策、並びに健康被害救済の業務に取り組む、厚生労働省所管の独立行政法人です。これについて、各報道機関は大々的に取り上げました。
・「便秘薬『酸化マグネシウム』製剤の服用で死亡例」(読売新聞、10月21日)
・「酸化マグネシウム製剤で死亡例 厚労省、注意喚起を指示」(朝日新聞、同)
・「酸化マグネシウム服用者では高マグネシウム血症に注意を 過去3年間に因果関係が否定できない死亡が1例」(日経メディカル、10月20日)
いずれの記事も「死亡例」に焦点を当てた内容になっています。このような記事を読んで、「なんて危ない薬なんだ!」「自分も飲んでいるけど、大丈夫なのか?」と驚いたり不安になったりした人が多いかもしれません。確かに、薬の副作用で命を落とすことになってしまえば一大事です。ですが、「酸化マグネシウム製剤」は、本当に危険な薬なのでしょうか。
PMDAの資料をみると、直近3年度(2012~14年度)の国内副作用症例の集積状況で、高マグネシウム血症が29例(うち、因果関係が否定できない症例19例)、死亡が4例(うち、因果関係が否定できない症例1例)となっています。
「分数」の問題
では、この「酸化マグネシウム製剤」は、いったいどれくらいの人が服用しているのでしょうか。
少し古い情報になってしまいますが、「医薬品・医療機器等安全性情報」(No.252、08年11月)によると、「年間使用者数は約4,500万人(05年推計)」となっています。仮に、今回PMDAが集計した3年間においても同じ人数が使用していたとすると、延べ1億3,500万人が使用していたと推測されます。
ここで、小学生の時に習う「分数」の問題です。「酸化マグネシウム製剤」を服用した際、副作用(高マグネシウム血症)で死亡する確率は年間何%でしょうか?
答えです。
<因果関係の有無は関係なし>
4人 ÷ 1億3,500万人 × 100 = 約0.000003%
<因果関係が否定できない症例のみ>
1人 ÷ 1億3,500万人 × 100 = 約0.0000007%
ちょっと数字が小さすぎて、想像がつかないですね。ほかの確率と比較してみます。
交通事故で死亡する確率
4,113人(14年度中交通事故死者数) ÷ 1億2,708万3000人(14年10月1日の人口推計) × 100 = 約0.003%
実際には都会と地方では差があるかと思いますが、全国平均の値とご理解ください。もちろん単純に比較はできませんが、酸化マグネシウム製剤を服用して高マグネシウム血症で死亡する確率より、交通事故で死亡する確率の方が1,000倍高いことになります。言い換えると、酸化マグネシウム製剤を服用して死亡する確率は、交通事故で死亡する確率の1,000分の1ということになります。
上記の記事から受ける印象とは違って、「案外、死亡する確率は少ない」と感じられた人も多いのではないでしょうか。
「分母」を意識する
メディアの役割として、国民に注意喚起情報を伝えるという事があるのは理解できます。ですが、今回の事例のように、分数の分子ばかりに注目して、分母を無視するような情報は、読者に誤解を与えかねません。
また、健康食品・健康器具などの宣伝・広告では、「これを飲んで、みるみる痩せた!」などの成功例、つまり分数の分子ばかりをとりあげて、分母を明らかにしていないものをよく見かけます。この場合も、「全体のうち、どれだけの人にそのようなことが起きたのか?」と考える必要があります。案外、成功確率は低いかもしれません。
医療・健康情報の見極め方のポイントのひとつとして、出来事の「分母」を意識することをぜひ覚えておいてください。
ちなみに、筆者が代表者となって取り組んでいる厚生労働省委託事業の「『統合医療』情報発信サイト」では、「情報の見極め方」のコンテンツも掲載しています。そのなかの「情報を見極めるための10か条」のひとつにも「分母」を意識することの大切さを解説しています。ぜひ、こちらも参考にしてみてください。
(文=大野智/医師、大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄付講座准教授)