認知症は予防法として確立したものはないし、早期発見は害のほうが多いかもしれないというのが本連載における前回までの結論である。そんなことを書いて、誰も元気づけないし、多くの人を不快にしただけかもしれないという自覚はある。さらに、多くの人には「こうすれば予防できる」「こうやれば早期発見できる」という記事ばかりが読まれているのではないかという心配もある。
「健康についてインターネットで検索するな」と言ってみたところで、私たちはまったく情報がないのが一番心配であり、何か情報を求めて結局はネットで検索してしまうというのが関の山だろう。「そんなことやっても無駄」という記事よりは、「こうやるといい」という記事を読む人が多いに決まっているだろう。そして、多くの人は、本当のところ効果があるかどうかわからない予防法や、すでに害のほうが大きいことが研究結果で示されている早期発見に関する情報に踊らされている。
嘘ばかり主張するのは、認知症の専門医も例外ではない。きちんと論文を読んで筋道を立てて考えれば、間違った情報提供などしないはずだ。なぜ専門医までが一緒になって、予防や早期発見が重要だというのだろうか。
医療は科学ではない。全体としてはそうかもしれない。しかし、一部に科学がなければ決して医療は成り立たない。認知症に限らず、医療の世界はあまりに科学的なアプローチに欠けている。専門医のアプローチが、科学の裏付けを欠いていたりする。
先日あるテレビ番組でお笑いタレントで芥川賞作家の又吉が、自身を救った恩師の言葉として以下を紹介していた。
「一生懸命頑張っているヤツが損するようなことが、あってはあかんのじゃ」
しかし、一生懸命に予防や早期発見に努める人が損するような世の中は本当にダメなのか。予防も早期発見も全然しないほうが、よいこともある。一生懸命やっても報われないことは、やらないほうがいいじゃないですか。
筆者としては、がんばっても報われない状況をできるだけポジティブに考えると、こんな考えになるのです。そして科学は、こうした考えを支持しているのです。
(文=名郷直樹/武蔵国分寺公園クリニック)