食欲は本能的欲望だ。人間は食べなければ生きてはいけない。だから、脳は脳の所有者が食べ物を必死になって探すように、食べることで快感という報酬が得られるような仕組みにつくられている。食べると脳の報酬系が刺激され、ドーパミンという化学物質が放出され、快感を得る(詳しくは拙著『売り方は類人猿が知っている』<日本経済新聞出版社>参照)。
1万年前に農耕生活が始まるまでの数百万年という気が遠くなるくらい長い間、人類とその祖先は飢餓と戦ってきた。人間の脳には、飢餓の時代のことが記憶として、あるいはDNAとして残っている。だから、高カロリー食品が大好物なのだ。飢餓の時代の先祖が、脂肪分とか糖分が多く含まれている高カロリー食品を発見したら、絶対に全部食べる。このチャンスを逃がしたら次にいつ食べられるかわからないため、とにかくありったけ詰め込む。それが生存率を高める方法だった。
狩猟採集生活の祖先のなかで、脂肪としてエネルギーを効率的に蓄えられた人は、少ない食べ物でも生存率が高くなった。こういう「倹約遺伝子(Thrifty Gene)」を持っている人ほど生存率が高くなり、結果として、その遺伝子を持つ子孫の数も多くなる。
しかし、かつては生存に適した遺伝子は、飽食の時代では邪魔になる。肥満や糖尿病になりやすく、生存のためにはかえって不利な条件となる。人種的にはアフリカ、東南アジア、ポリネシア出身の人たちはこういった倹約遺伝子を受け継いだ割合も高く、日本人もこの遺伝子を欧米人の2~3倍も高く持っているといわれる。つまり、日本人は日本食を食べるべきなのだ。
世界肥満度ランキングで上位を占めるのは、ナウル、クック諸島、サモア、トンガといった太平洋諸島で、それを説明する理由として倹約遺伝子説が使われる。つまり、長い航海を耐え生存して島にたどり着いた人たちは、脂肪のかたちで十分なエネルギーを保存することができたのだ。そういった代謝システムを持った遺伝子を受け継いでいる子孫が、伝統的に島で取れる食物だけを食べていた頃はよかったが、西洋から伝わった肉や甘いものを口にするようになると肥満が寿命を縮めるようになった。