なぜ太るとわかっていても食べるのか
現代人が高カロリーな食品に抵抗できないことを説明する説はたくさんある。たとえば、日本語でも「別腹」という言葉があるように、欧米でも、どれだけ満腹でもデザートのためには「第二の胃」があるという言い方をする。甘いものに含まれる砂糖には、胃の反射神経を刺激して胃壁を拡張させる作用がある。そういった意味では、フルコースの食後に甘いものを口にすることは、胃の満腹感を和らげるので理にかなっている。問題は、つい食べ過ぎてしまうことだ。
甘いもののなかでもチョコレートにはPEA(phenethylamine/フェネチルアミン)が多く含まれている。PEAは快楽感をもたらすドーパミンが脳内に放出されるのを促進する性質がある。そのため、1600年代には媚薬とみなされ、修道士などが口にするべきものではないと禁止されていた。
報酬系を活性化してハイになる(快感を得る)覚せい剤や麻薬が依存症や中毒をもたらすように、甘いものも次第に食べる量が増え、食べないとイライラする症状をもたらす傾向がある。その結果、甘いものを食べれば太るとわかっているのにやめられなくなる。
このように、飢餓の時代に必死になって食べ物を探す動機づけをするためにつくられた脳の仕組みは、今では健康を妨げるものになっている。
本能的欲求としての食欲
米国の心理学者アブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階の階層に分け、生命維持のための食事・睡眠・排泄などの本能的・根源的な欲求を第1段階として、そういった欲求が満たされると次に安心で安全な環境を欲求する第2段階に移るとする理論を、1943年に発表している。
マズローの「欲求5段階理論」は、ピラミッドの形で説明されることが多いので、ご存じの方も多いだろう。
(1)生理的欲求 (Physiological needs)
(2)安全の欲求 (Safety needs)
(3)社会的欲求/所属と愛の欲求 (Social needs/Love and belonging)
(4)承認(尊重)の欲求 (Esteem)
(5)自己実現の欲求 (Self-actualization)
前回記事『世界一セックスレスでも食欲尽きない日本人…イオン社長「食しか楽しみない」は間違い』において紹介したフランスとイタリアの合作映画『最後の晩餐』における4人の登場人物やローマ帝国の貴族たちは、4番目の承認の欲求、つまり地位、名声、注目などを獲得し、自分が属する社会集団で価値ある人物であると認められるところまで到達した者たちだといえるだろう。しかし、それでも食欲という本能的欲求の力には勝てなかった。