電車の中で、自分の隣に座ったり、前に立ったりしている人の衣服から強烈な香料のにおいが鼻を突いてきて、いたたまれない思いをしたという経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。筆者も、しばしばそんな経験をしています。ときには耐え難くなって席を変えることもありますが、混雑時には移動することもできず、じっと我慢せざるを得ません。そのため、最近では電車に乗ることに抵抗を感じるようになりました。
電車の中ばかりでなく、喫茶店やレストラン、居酒屋などでもこうした「香害」が広がっています。その原因は、強烈な香料のにおいを発する柔軟剤(柔軟仕上げ剤)や洗濯用洗剤(柔軟剤入り)です。そうした製品が新たに次々と売り出され、ドラッグストアやスーパーなどにズラリと並んでいます。各洗剤メーカーは、これらをテレビCMで大々的に宣伝しています。そこでは、周辺に「良い香り」を振りまいて周りの人を「気持ちよくさせる」という内容が多くなっています。
これらのCMになんの疑問も持たずに製品を購入して使っている消費者も多いことでしょう。しかし、そのにおいは、人によっては「良い香り」どころか、「耐え難いにおい」なのです。おそらく化学物質過敏症の人は、つらくて仕方がないでしょう。
香害はインターネット上でも話題になっており、強烈なにおいによってつらい思いをしているという体験談や相談が数多く載っています。国民生活センターによると、柔軟剤の香りで体調を崩したと訴える相談が2008年度の14件から12年度には65件と5年間で5倍近くに増えたといいます。
相談内容は、「柔軟仕上げ剤を使用して室内干ししたところ、においがきつく、妻と2人ともせきが出るようになった。柔軟仕上げ剤を使用したタオルで顔を拭くと、せきが止まらなくなった」「隣人の洗濯物のにおいがきつすぎて、頭痛や吐き気があり、窓を開けられず、換気扇も回せない。柔軟仕上げ剤のにおいではないかと思う」などといったものが多く、なかにはさらに深刻なケースもあります。
喘息やアレルギー性鼻炎の原因にも
昨年10月、筆者が愛知県にある生活クラブ生協が主催する講演会に講師として招かれた際に、主催者のひとりからこんな話を聞きました。
息子さんが東京の大学に通っていたのだが、通学の際に電車内に漂う香料のにおいがつらくて、しばらく我慢して大学に通っていたが、とうとう我慢しきれなくなって退学せざるを得なくなり、愛知県の実家に戻ってきたとのことです。多少大げさに聞こえるかもしれませんが、つらいと感じる人にとっては電車に乗れなくなるほど大変なことなのです。
においの強い柔軟剤や洗濯用洗剤を使っている人には、こんな人がいることを理解し、利用を控えてほしいと思います。また、香料は使っている人自身にも悪影響を及ぼしかねません。
前出の相談内容の中にも、柔軟仕上げ剤を使ったためにせきが出るようになったというケースがありました。においの強い香料を日常的に吸い込んでいた場合、鼻や目が影響を受け、喘息やアレルギー性鼻炎などを起こす可能性があるのです。したがって、自身のためにも安易な使用はやめたほうがよいのです。
香害が広がっている原因は、各洗剤メーカーが売り上げを伸ばすために、通常の柔軟剤や洗濯用洗剤だけでなく、においの強い香料を加えた製品を次々に売り出しているからです。そして、巧みなCMによって、素晴らしい製品であるかのように消費者に思い込ませているからです。もともと洗剤は、成分の合成界面活性剤が河川や湖沼を汚染するという問題を抱えていますが、今はさらに香害まで引き起こしているのです。
おそらく、香害の問題は洗剤メーカーの耳にも届いているでしょう。そして、においの強い柔軟剤や洗濯用洗剤によって、つらい思いをしている人がいることも把握しているはずです。しかし、利益を上げるために、そうした事実には意識を傾けてはいません。
こうした状況下では、国に香害の拡大を防ぐ責任があります。消費者庁には、においの強い柔軟剤や洗濯用洗剤によって耐え難い思いをしている人を救うために、こうした製品の販売を控えるように業界を指導してほしいところです。そうしなければ、今後も香害はさらに広がり、被害を受ける人が増え続けることになるでしょう。
(文=渡辺雄二/科学ジャーナリスト)