頭が大きくて平べったく、獲物を引き寄せるために提灯のようなヒラヒラをぶら下げた愛嬌者のアンコウは、世界中の水深500m程度の深海に生息しています。日本近海では、産卵期後の夏は漁が行われず、「アンキモ」として珍重されるキモ(レバー)がおいしくなる冬が最盛期です。
アンコウは、海底の砂の中に潜って獲物を待ちながら生息しているため、底引き網でほかの魚と共に水揚げされる“おまけ”的な魚でした。そのため、漁獲量が安定せず、全国的な流通もなく、漁業の盛んな地域の地元食や、特産品として観光客向けに提供される時代が長く続きました。
ところが、バブル期の高級食材ブームやご当地ブームの1990年前後になって、にわかに知名度が高まり、もともと水揚げ量の多かった茨城県や山口県を皮切りに、全国各地でアンコウをPRする動きが出始めました。「アンコウの食べ方として、もっともおいしい」と広まったのが、家庭で手軽に調理できて身体も温まるアンコウ鍋だったことから、今では冬の味覚として広く食されています。
俳句の世界でも、アンコウは冬の季語です。明治時代の俳人・正岡子規は、上京後に出身地の愛媛県では珍しい食材だったアンコウ料理を街角の飯屋で堪能しながら
「あんかうに 一膳めしの 行燈(あんどん)哉」
と詠んでいます。ここでいう「一膳めし」は、死者に供する枕飯のことではなく、ご飯をおかわりなしの大盛りにして、おかずをつけて提供される簡単な定食のことです。
アンキモに豊富なビタミンA、妊婦は要注意
アンコウの食材としての歴史は古く、江戸時代には5大珍味のひとつとして、鶴、雲雀(ヒバリ)、鷭(バン)、鯛とともに珍重されていました。身に含まれる脂質は100g当たりわずか0.2gしかなく、カロリーを気にせず食べることができる良質なたんぱく源です。一方で、皮には肌にいいコラーゲンがたっぷり。
また、アンキモは「海のフォアグラ」と呼ばれ、白身とは対照的に100g中に脂質を42gも含むハイカロリー食材なのですが、ビタミンA、ビタミンB12、ビタミンD、DHA、EPAなどを豊富に含んでいます。
特に、アンキモ100g中に8mg以上含まれるビタミンAの含有量は、注目に値します。ビタミンAの生理作用は、視覚の正常化、成長促進、生殖機能向上、感染症予防などです。
ビタミンAが欠乏すると、その逆の症状が出ますが、かといって食べすぎると、頭痛、吐き気、骨や皮膚の変化などが起こることが知られています。さらに、ビタミンAには催奇形性、つまり胎児の奇形発生のリスクが高まることが知られています。アンコウだけでなく、ニワトリや豚などのレバーにもビタミンAが豊富に含まれているため、妊婦の方は過剰摂取にならないように注意が必要です。
一般の人であれば、アンコウ鍋や焼き鳥のレバーを連日食べ続けるような無茶をしない限り、過剰なビタミンAは数日で分解されるので、重篤な副作用は回避できます。
『食べ物はこうして血となり肉となる~ちょっと意外な体の中の食物動態~』 野菜を食べると体によい。牛肉を食べると力が出る。食べ物を食べるだけで健康に影響を及ぼし気分にまで作用する。なんの変哲もない食べ物になぜそんなことができるのか? そんな不思議に迫るべく食べ物の体内動態をちょっと覗いてみよう。