この記事をご覧の方は、その場で耳を澄ましてみてほしい。あなたは今、静かに落ち着ける場所にいるだろうか。それとも、クルマの騒音やスピーカーから流れ出るアナウンスがひっきりなしに聞こえる場所だろうか――。
超高齢化社会で人口が減少に転じた日本は近い将来、インフラを維持できる都市部に、さらに人口が集中すると予想されている。心落ちつく静かな住環環境は、より贅沢なものになるかもしれない。
「騒音」が人の健康に悪影響を及ぼすことは、以前から指摘されている。最近の研究では、世界の都市の騒音公害と、耳が聞こえにくくなる「難聴」に密接な関係があることがわかった。
広東、ニューデリー、カイロは難聴が多い?
このニュースは、AFP(フランス通信社)が発信したもの。騒音と難聴、それぞれに関する世界の大都市50のランキング調査を3月3日、明らかにした。
今回の研究者らの分析によると、中国・広東、インド・ニューデリー、エジプト・カイロ、トルコ・インスタンブールなど、騒音レベルが高い都市地域は住民の聴力低下もランキング上位となった。
一方、スイス・チューリッヒ、オーストリア・ウィーン、ノルウェー・オスロ、ドイツ・ミュンヘンなど、騒音レベルが低い都市では聴力低下もランキングの下位だったという。
難聴の原因には感染症や遺伝性疾患などもあり、必ずしも都市の騒音が難聴の主原因だと示されたわけではない。この調査結果は予備段階で、まだ論文として専門誌に提出されたものではない。
騒音で<耳年齢>が10歳も進む?
しかし、ドイツ企業の「ミミ・ヒアリング・テクノロジー」が20万人に対して携帯電話を用いて実施した聴覚テストでも、この結果が偶然の一致ではないことを示唆した。
同社は、聴覚テストから導き出した「聴力損失についての都市ランキング」と、世界保健機関(WHO)とノルウェー産業科学技術研究所(SINTEF)の情報から作成した「世界の都市における騒音公害ランキング」を照らし合わせた。
すると、騒音ランキング上位の都市の住民は、静けさで上位の都市の住民に比べると、<耳年齢>において平均10歳も「高齢」という結果が出たという。
ちなみに、こちらの分析で騒音が少ない群にランキングされたのは、スウェーデン・ストックホルム、韓国・ソウル、オランダ・アムステルダム、ドイツ・シュツットガルトなどだ。
中国・上海および香港、スペイン・バルセロナ、フランス・パリは、騒音都市として上位にランクされた。
幹線道路沿いでは認知症のリスクもアップ
難聴だけでなく、交通量が多く騒音レベルの高い場所に住むことについては、認知症のリスクも指摘されている。
たとえば、カナダで約200万人のデータを取って行われた大規模調査(2000~12年)で、幹線道路の近くに住むと認知症のリスクが高まる――との結果が今年1月、英医学誌『ランセット』に掲載された。
それによると、幹線道路から300m以上離れた場所に住んでいる人に比べて、101~200m以内では認知症の発症リスクが2%、50~100mは4%、50m以内だと7%も高くなった。
これらの分析の結果、幹線道路から50m以内に住む人の認知症の7~11%が、交通量の多さに関係しているとみられるという。
研究者は「騒音だけではなく、大気汚染物質や窒素酸化物など、交通でのさまざまな側面による影響も調べる必要がある」とコメントしている。
厚労省も「難聴は認知症発症の因子」と指摘
ところで、聴力に問題がない高齢者よりも、難聴の高齢者のほうが認知症になりやすいというのは知られている。
15年に厚生労働省が発表した「認知症施策推進総合戦略」のなかでも、難聴は認知症発症の因子とされている。また、難聴と認知症の関係を指摘する複数の研究もある。これらのデータが「騒音」でリンクしている可能性もゼロではない。
この騒音・難聴・認知症の関連性の解明には、さらに研究が必要だが、私たち自身がもう少し騒音に対して関心を持つことも大切だ。
日常生活における騒音が及ぼす健康への悪影響が明らかになってくれば、「受動喫煙」のように<不要な音>に対する配慮論が社会に醸成されるかもしれない。
(文=ヘルスプレス編集部)