「それらの成分が感染症予防に役立つような抗菌作用を有するという科学的根拠を、残念ながら我々は持っていない」
2016年9月初旬、米国食品医薬品局(FDA)はこのように発表し、19種類の抗菌成分が含まれる石鹸などの販売を禁止した。
指定対象となったのは、医薬部外品の薬用石鹸を筆頭に、練り歯磨き、食器用洗剤、抗菌ジェル、ウェットティッシュ、化粧品、脱臭剤など、私たちの暮らしでおなじみのものばかりだ。
病原性大腸菌O-157が席捲した1990年代から一心に耳目を集めた「抗菌剤」の見直しを迫るFDAの英断だったが、なかでも「トリクロサン(Triclosan)」と呼ばれる成分については、長期的曝露による健康への悪影響の可能性が示唆されていた。
トリクロサンが歯ブラシ上に蓄積し持続的な曝露につながる
その発表から1年以上が過ぎた先月、件のトリクロサンをめぐる新たな研究結果が10月25日付『Environmental Science & Technology』に掲載された。
米マサチューセッツ大学教授のBaoshan Xing氏らが実施した模擬実験によれば、(販売禁止の)規制対象外である歯磨き粉に含まれるトリクロサンが歯ブラシ上に蓄積し、結果、持続的な曝露につながる可能性が認められたという。
そもそもトリクロサンは、経口・経皮によって容易に体内に浸透する性質を有し、過去のミシガン大学の実験でも90人中37人(41%)の尿や血液、鼻水や母乳などからもトリクロサンが検出されている。
しかも「歯磨き粉+歯ブラシ」の組み合わせといえば、それこそ毎朝、人によっては食事のたびに愛用している習慣商品だ。歯の健康を保つために欠かさない日常行為が、悪玉の長期的曝露にもつながるとは、なんともショックな新知見ではないか。
もっとも、トリクロサンが歯磨き粉製品への使用を認められている背景には別の理由があって、件の成分に関しては「歯肉炎や歯垢、虫歯の予防効果がある」との先行報告もあり、一概に悪者呼ばわりもできない点が複雑といえば複雑だ。
歯磨き粉を変えても2週間は歯ブラシにトリクロサンが残存
しかし、今回のXing氏らによる研究は、このトリクロサンのしぶとくも侮れない一面を明らかにした。彼らの実施した歯磨きの模擬実験は、さまざまな種類の歯ブラシ22本(子ども用歯ブラシ2本を含む)を用いて行われた。
結果、使用歯ブラシ22本中3分の1以上の歯ブラシに「歯磨き7~12回分に相当する量」のトリクロサンが蓄積されている事実が読み取れた。
しかも皮肉にも、エラストマー(ゴム弾性を有する工業用素材)でつくられた歯石除去の「ポリッシングカップ」や「頬・舌クリーナー」が付いた歯ブラシが、とりわけ多量のトリクロサンを吸収している事実も判明した。
一方、その悪影響を懸念し、トリクロサンを含まない歯磨きに切り替えたとしても、従来と同じ歯ブラシを使い続けた場合、向こう2週間は歯ブラシにトリクロサンが残存する点も明らかにされた。
「要は、トリクロサンを含まない歯磨き粉に変更しても、歯ブラシ自体を新しいものに替えないと、トリクロサンを曝露し続ける可能性が否めない」(Xing氏)
ホルモンバランスを乱し、水生生物にも有害な「トリクロサン」
FDA指定の19種類の成分に関しては、ヒトや動物のホルモンバランスを乱す可能性が指摘されているものも一部含まれており、トリクロサンもその1種だ。
また、ホルモンの働きを阻害するばかりか薬剤耐性菌をもたらし、多種な水生生物(魚、藻類、大型水生植物など)に有害な影響を与える可能性も問題視されている。
「汚染された歯ブラシを廃棄すれば、トリクロサンが環境中に排出される恐れも侮れない」
これはXing氏らの研究陣が米国化学会(ACS)のニュースリリース上で表明した懸念だが、欧州に目を転じれば、なんのことはない、EUではすでに2015年にトリクロサンの衛生用品への使用を禁止していたのだ。
しかし、トリクロサンの場合は前述のごとく、規制対象外の歯磨き粉以外にも衣料や調理器具への使用も認められており、依然として「抗菌」「薬用成分」の二枚看板は重宝されているようだ。
(文=ヘルスプレス編集部)