歌手で俳優の西郷輝彦さんが2月20日、前立腺がんのため亡くなった。生前、前立腺がんの闘病記録をYouTubeで公開し、がんに臆せず戦う姿はファンのみならず多くの人に希望を与えた。また、西郷さんがオーストラリアで受けた前立腺がんの最新治療であるPSMAに関心が集まったが、西郷さんの前立腺がんが消えることはなかった。
果たして、PSMA治療は西郷さんにとって良い選択だったのだろうか。PSMA治療について、くぼたクリニック松戸五香院長の窪田徹矢医師に聞いた。
「西郷さんの前立腺がんは『去勢抵抗性前立腺がん』というもので、一般に前立腺がんの手術や放射線治療後に再発・転移した場合の治療では、男性ホルモンの分泌を抑制するホルモン治療が行われます。このホルモン治療が効かなくなってしまうのが去勢抵抗性前立腺がんです」
近年、日本における前立腺がんの罹患率は増加傾向にあるが、早期に発見できれば治る可能性は高い。
「前立腺の早期がんの場合には5年生存率は99%ですが、そのうち25~35%の人が再発する傾向にあります」
一般に早期発見できればがんは治るといわれる昨今だが、早期がんでも悪性度が高い場合には、再発する可能性が高いという。
「悪性度の高さが関連しています。採取したがん細胞を『グリーソンスコア』という分類法に基づいて顕微鏡で見たとき、がん細胞の顔つきが悪いものを“開く精度が高い”と言います。悪性度が高いがんは、血流に乗って他の臓器や組織に転移しやすい傾向にあります」
前立腺がんの再発の場合は、他の組織や臓器へ転移した状態で発見されることも多いという。
「西郷さんのケースでは、再発が判明してから日本で可能な限りの手を尽くしたと思います。ホルモン療法や化学療法など、ありとあらゆることをやってもがんが消えないという状態だったと推測します。そこでPSMA治療を受けようということになったのだと思います」
PSMA治療とは?
「PSMA治療をわかりやすく言えば、点滴で行う放射線治療です。前立腺がんの細胞には、PSMA(Prostate Specific Membrane Antigen)という特殊なタンパク質が出てきます。このPSMAに放射性物質のルテシウムが選択的に結合するため、ルテシウムを点滴で体に注入し、PSMAを持つがん細胞だけを狙い撃ちする治療です」
PSMA治療のメリットは、抗がん剤治療に比べ副作用が少なく、がん細胞を小さくできることだ。PSMA治療はドイツで2017年から始まった前立腺がんの最新治療で、日本では未承認だ。
「現状では、いくつかの医療機関がPSMA治療を希望する患者さんを海外の医療機関に紹介を行っています。日本では放射性物質の取り扱い基準が厳しいことと、必ず回復するということが約束される治療ではないので、日本での保険適用は難しいかもしれませんね」
PSA検査で早期発見が可能に
「前立腺がんは50代から急速に増え始め、発症は70代がもっとも多く、次いで60代です。前立腺がんの進行は遅く、初期の段階には自覚症状がほとんどありません。以前はなんらかの症状が現れ、診断された時にはすでに進展がんや転移がんとなっているというケースも少なくありませんでした。しかし、最近ではPSA検査の進歩で早期発見が可能になりました。50代を過ぎたら健康診断の際にPSA検査を受けてほしいと思います」
PSA検査は前立腺がんのスクリーニング検査で、採血のみでわかる簡単な検査である。PSAの正常値は全年齢で4.0以下とされているが、年齢別では以下の基準値を指標としている。
50~64歳:3.0以下
65~69歳:3.5以下
70歳以上:4.0以下
「西郷輝彦さんが前立腺がんの治療についてYouTubeで公表されてから『西郷さんの動画を見てPSA検診に来ました』という患者さんがいらっしゃいます。PSA検診が前立腺がんの早期発見につながるので、前立腺がんの啓蒙という点でも西郷さんの影響力は偉大だと感じています」
前立腺がんは、リンパ節や骨に転移することが多く、肺や肝臓などに転移することもある。早期の時点では自覚症状がほとんどないため、定期的にPSA検査を行うことが非常に重要だ。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)