2011年12月に発売され、コアゲーマーなどから支持を集めていたソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)のPlayStation Vita(以下、PS Vita)について、日本国内での出荷を2019年で終了し、後継機の発売予定もないという報道が流れ、ゲームファンの間で大きな衝撃が広がっている。
5インチの有機ELディスプレイ、前面のタッチスクリーンと背面のタッチパッド、960×544ドットの高解像度、鮮やかな発色などをウリとし、ゲームファンからは“PS3並みの美麗グラフィックのゲームを持ち歩ける”と重宝されていたPS Vita。SIEのハイスペック携帯ゲーム機だったが、実はすでに海外での出荷は終了していたため、以前から日本での出荷終了の時期も近いのではと悲観的予測がされていたのだ。
しかも後継機の発売予定がないというのも真実であれば、SIEが事実上、携帯ゲーム機から撤退を決めたということでもある。それはつまり、前身機であったPlayStation Portable(以下、PSP)から続くソニーグループの携帯ゲーム機の系譜が途切れることになるのだが、それほどまでにPS Vitaは不調だったのだろうか。
『教養としてのゲーム史』(ちくま新書)など、多数のゲーム関連著書を持つライターの多根清史氏に話を聞いた。
発売当初から負け戦だった理由、スマホゲームに勝てない理由
「ズバリ言うと、PS Vitaは発売当初から勝ち目の薄いハードでした。というのも、PS Vita はPSPの後継機として発売されたわけですが、PSPがまだパフォーマンス不足とは思われていなかった時期でしたし、スペックを向上させたハードを発売しても勝算は少ないだろうという気はしていました。要するに、戦略性を感じられなかったのです。
ですが、それ以上にPS Vitaが苦戦した最大の理由は、キラータイトルが最初から最後までなかった、ということに尽きるでしょう。『モンスターハンター』(以下、モンハン)シリーズの出ないPS系携帯ゲーム機に、なんの魅力があるのかというほど、モンハンシリーズがニンテンドー3DSに乗り換えたことは大事件でした。これが一番の敗因と断言して間違いないです」(多根氏)
「PS Vitaを発売する意味があるのかと疑問に思うほどだった」と厳しい論調の多根氏。PS Vitaは1600万台以上の販売台数があるとされているが、前身機であったPSPは8000万台以上の販売台数とされているため、確かに市場規模は大幅に縮小している。さらにいうと、ニンテンドー3DSは7000万台以上の販売台数とみられているため、ライバル機に大きく水をあけられていたのも事実だ。
「そもそも今は、携帯ゲーム機市場自体が年々、急速に縮小しているのが実情です。日本ではニンテンドー3DSが孤軍奮闘しているので、まだそこまで凋落のイメージはないかもしれませんが、欧米などでは携帯ゲーム機市場はもうほとんど死んでいる状態ですからね。
その原因はもちろんスマホゲームの台頭です。携帯ゲーム機市場から見ると、スマートフォンというデバイスは、携帯ゲーム機を殺すために生まれてきたようなもの。スマホは定期的にアップデートしていくため、ハードの進化スピードが一気に加速していき、携帯ゲーム機がそのスピード感についていけなかったのです。また、PSPやPS Vitaではゲーム1本が5000円前後するのに対して、スマホゲームは無料(無課金)で十分に楽しめるタイトルが多いですし、500円や1000円出せばけっこうなクオリティーのゲームも買えます。つまりPS Vitaは、性能面、価格面、その両軸でスマホゲームに負けてしまったんです。
ニンテンドー3DSがまだ存在感を示せているのは、未就学児や小学生といった子どもをメインターゲットにしており、その年齢層は個人のスマホをまだ持っていないからでしょう。ただ、そんな任天堂でさえ、今はゲーム専用機からのリリースというこだわりを捨て、スマホゲームに進出する時代。主に中高生やそれ以上の年代をターゲットにしていたPS Vitaが、友達同士の通信も簡単にできるスマホゲームに勝つのは無理だったんです」(多根氏)
“エースで4番”のモンハンがいれば結果は変わっていたのか?
せめてモンハンシリーズがPSPからの流れでPS Vitaでも発売されていたら、流れは変わっていたのだろうか。
「携帯ゲーム機の存在価値が薄れ、スマホゲームに取って代わられるという時代の流れ自体は変わりませんが、モンハンシリーズがPS Vitaで出ていれば、多少の善戦はしたかもしれません。
とはいえ、メーカーであるカプコンはモンハンシリーズを、そこまで潔く切るかというほど、すっぱりPS Vitaと決別させました。その理由はPS Vitaで出すよりも、販売台数で圧倒していたニンテンドー3DSで出すほうがより売れると判断したからで、ビジネスとして考えれば至極当然の選択です」(多根氏)
実は、一時代を築いた前身機PSPでミリオンセラー以上のヒット作となったのは、モンハンシリーズの4作品のみ。カプコンの公式サイトによると、『モンスターハンター ポータブル』(2005年発売)が約130万本、『モンスターハンターポータブル 2nd』(2007年発売)が約240万本、『モンスターハンターポータブル 2nd G』(2008年発売)が約380万本、『モンスターハンターポータブル 3rd』(2010年発売)が約490万本となっている(以上、本数はダウンロード販売を含む)。一方、PS Vitaのタイトルで100万本突破のヒット作となっているのは、『Minecraft: PlayStation Vita Edition』(2014年発売)の1本のみなのである(以上、本数はダウンロード販売を含む)。
PS Vita は、モンハンシリーズという“エースで4番”がライバルチームに移籍した状態からの勝負を、強いられていたというわけだ。
「モンハンシリーズというキラータイトルを失ったのももちろんですが、振り返ってみても、PS Vitaの代表作という代表作が思い当たらないのです。PlayStation 4(以下、PS4)と同時発売されるマルチタイトルが多かったため、“PS Vita専用”のゲームがあまりないのも玉に瑕(きず)。PS Vitaを持っていなければプレイできないヒット作が、ほとんどなかったのが実情です」(多根氏)
任天堂の場合、「スーパーマリオ」シリーズ、「マリオカート」シリーズ、「どうぶつの森」シリーズ、「ポケットモンスター」シリーズ(任天堂のグループ会社から発売)といった、出せばミリオンヒットが約束されているようなタイトルを複数抱えている。それに対し、SIEはそういったミリオンヒットを飛ばせる自社タイトルを持てなかったことが、敗因のひとつなのだろう。
「かくいう私はPS Vitaをこれまでに2台購入し、今でもPS Vitaでよく遊んでいます。ただし、それはPS4とPS Vitaをリンクさせ、PS4のゲームをPS Vitaでリモートプレイして使っていることがほとんどです。PS4のゲームを寝転がりながらプレイできたり、屋外でもプレイできたりという部分に魅力はありますが、それは言ってしまえばPS Vitaのメインハードとしての魅力ではなく、“PS4の周辺機器”としての魅力にすぎません。ですからPS Vita出荷停止、後継機なしというのは当然の結果のように感じています。
ソニーグループは携帯ゲーム機市場から撤退し、Xperiaシリーズが大赤字を垂れ流しているため、携帯電話市場でも苦戦しています。今のソニーグループにとって、“携帯”は鬼門なのかもしれませんね」(多根氏)
かつて携帯音楽プレイヤー「ウォークマン」で世界中を沸かしたソニーグループが、現在、携帯ガジェットで足を引っ張られているというのは、なんとも皮肉な話である。
(文=A4studio)