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セガ、数学の社内勉強会資料を公開した深い意図…数学の知識、ゲーム会社の競争力を大きく左右

文=二階堂銀河/A4studio
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セガの公式ツイッターより

 海外でも人気キャラのソニックなどを生み出したゲームメーカー・セガが、2020年1月から開始したという数学に関する社内勉強会の資料を今年6月15日に一般公開した。その内容は、高校数学や大学で学ぶ線形代数といったもの。

 セガのTwitter公式アカウントでは「数学はゲーム業界を根から支える重要な役割を担っているんです」とコメントしており、高校や大学で学ぶ数学の知識がゲーム開発の現場では当たり前のように使われているということだろう。

 そこで疑問なのが、具体的に数学のどのような知識がどのように使われているかということ。そしてセガがわざわざ社内勉強会の資料を一般公開した意図は何なのだろうか。そこで今回はゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、現在はNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本」の事務局長を務めるゲーム教育ジャーナリスト・小野憲史氏に話を聞いた。

ゲーム開発現場における数学の使われ方

 数学は主にプログラミングに使われると小野氏は説明する。

「例えば往年の名作である『ゼビウス』や『テトリス』といった2Dのゲームと、現在の主流になっている画面に奥行きがある3Dのゲームに分けたときに、使われる数学分野は異なります。

 2Dのゲームで主に用いられるのは、物体の動きの表現。画面にX軸とY軸しかないので、基本的には中学で習う一次関数や二次関数ですみますが、途中で速くなったり遅くなったりする動きを表現する際は、微分・積分や三角関数などの高校数学も使われます。

 3Dのゲームになると、奥行きを表現するのでX軸とY軸に加えてZ軸の概念も加わりますよね。そこで、物体のリアルな動きや回転を表現するために、微分・積分の他に行列や線形代数といった、より高度な数学分野が必要になってくるんです」(小野氏)

 そして、ゲーム制作において数学知識を必要とするのはプログラマーだけではないという。

「ゲーム制作に携わる役職はプログラマーのほかにも、CGデザイナー、グラフィックデザイナーなどのアーティスト、ゲームデザイナー(ゲームプランナー)などがいます。ゲーム制作を積み木での城作りにたとえると、積み木そのものを作るのがプログラマーで、積み木に色を塗るのがアーティスト。そして積み木を組み合わせて城の形を作るのがゲームデザイナーです。

 例えば、スマホなどのソーシャルゲームの『ガチャ』と呼ばれるシステムに代表されるようなクジの仕組みは、数学の確率論と統計によってデザインされています。他にはロールプレイングゲームでキャラクターがフィールドを歩いているときにモンスターに遭遇する確率もそうですね。

 プログラマーはあくまで“確率を設定できる”という積み木のパーツを作るだけなので、具体的にどんなパラメータに設定するかはゲームデザイナーの仕事になります。その確率の設定を少し変えるだけで、そのゲームが何時間かけてクリアするものなのかなどの全体像が変わってきますよね。ですからゲームデザイナーといえど、最低でも確率・統計に関する知識は必要になってくるといえるわけです。

 アーティストも同様に数学の知識が求められます。例えば、同じ車でも昼間か夕方かによって見え方って変わりますよね。光源や時間帯で色の見え方が変わるようにシミュレーションするには、高度な数学の知識が必要です。そのためプログラマーとアーティストの橋渡しをするテクニカルアーティストと呼ばれる役職が注目されています。このようにアーティストといえども数学とは無縁でいられなくなりつつあります」(小野氏)

 では、ゲーム制作チームは全員が数学の知識をある程度持っていないといけないのだろうか。

「いえ、実態としてはそうとも限りません。今のゲーム制作は少人数で作るか、ものすごく多くの人数で作るか二極化されているんです。大人数で作り上げることの多い大企業の場合は、役割に応じて専門性を活かしたチームを作ってひとつのものを作り上げるので、数学の知識が皆無という人も当然たくさんいます。ただ、近年では海外企業に外注する例が増えていて、数学に限らず専門性に乏しいクリエイターは仕事が減りつつあります。

 あとは、近年では無料で使えるゲーム開発ツールが潤沢になってきています。ですからゲームの開発技術がそれほどなくても、わりと手軽に、言ってしまえば子供でも作れるようになったんです。ですが、そうなると差別化が難しくなって売り上げが上がらなくなりますよね。その差別化のための有効手段のひとつが、“他社と違う積み木のパーツを作る”ことになるんです。そのため、今は専門性の高い数学の知識を持ったプログラマーが非常に求められています」(小野氏)

社内資料を一般公開したセガの真の意図

 この度セガが社内資料を公開した理由にも、そういった人材確保に向けた目論見があったのだろうか。

「人材確保のための一手ともいえるでしょう。例えば、AI(人工知能)の研究・開発はゲーム業界でもさかんに進められています。そのAIという積み木をひとつ作るためには、ものすごく高度な数学のスキルが必要になり、いわゆるGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の社員レベルの人材を業界内外で取り合いしているような状況なんです。大手ゲームメーカーが競争に勝ち抜くうえで、数学知識に長けた人材を確保できるかどうかは死活問題でもあります。

 他には、業界全体の底上げの狙いもあるでしょう。学習指導要綱の改定に伴い、数学の履修状況の差が広がっています。さらに、前述したように便利なツールが普及してゲーム開発の均質化が進んだことで、大手のゲームメーカーとしては「その先を行く」プログラマーが欲しいという危機感があるんですね。ですから、セガは人材育成に熱心だというアピールとともに、業界志願者に“この程度の数学知識は必要”というメッセージを示したともいえるでしょう」(小野氏)

 さらに、その先にある“セガの密かな意思表明”について小野氏は言及する。

「かつてよく使われ、今でも存在するセガの社是『創造は生命(いのち)』は、『新しいものを作り、新しく挑戦していくことが、競争力の源泉になる』といった意味があります。その『新しいもの』のなかには技術力が含まれているわけです。ですから、セガって昔はよく、世間に浸透するには10年早かった、と言われるようなゲームばかり作っていたんです。

 ただ、セガがドリームキャストの製造終了をもって家庭用のハードウェア事業から撤退した2001年頃から、技術力で尖っている感じはしなくなってしまいました。この20年ほどで日本のゲーム業界の国際競争力が低下し、閉塞感が生まれている背景の一つに、技術力の低下があるのは事実だと思います。

 ですが、コロナ禍における巣ごもり消費の影響なのか、昨年からは家庭用ゲームの売り上げが非常に伸びてきていて、反対にソーシャルゲームなどのスマホゲームの売り上げが停滞しているんです。今がチャンスである一方、家庭用ゲームの売り上げを伸ばすためには高度な技術力の確保が必要。ですから、セガとしては社内資料公開を機に、最新技術の開発に対して貪欲で10年早いものを作るセガと再び呼ばれるようになるぞ、といった意思表明をした部分も、少しはあるのかもしれませんね」(小野氏)

 この度の社内資料公開がセガ従来のアイデンティティを取り戻す一歩になるかどうか、今後の動きに注目だ。

(文=二階堂銀河/A4studio)

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エーヨンスタジオ/WEB媒体(ニュースサイト)、雑誌媒体(週刊誌)を中心に、時事系、サブカル系、ビジネス系などのトピックの企画・編集・執筆を行う編集プロダクション。
株式会社A4studio

Twitter:@a4studio_tokyo

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