有力プラットフォーマーが、他社プラットフォームを利用してステルスマーケティングを行う――。そんな異例の事態にインターネット上で衝撃が走った。読売新聞オンラインは24日、記事『【独自】TikTok運営会社が一般投稿装い動画宣伝…協力者に歩合制報酬、年500万円も』を公開した。動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する中国IT企業バイトダンス日本法人が、インフルエンサーに金銭を支払い、指定した動画を“PR表記なし”でTwitter上に拡散させていたというのだ。
消費者に特定の商品やサービスについて、宣伝と気づかれないように宣伝したり、商品に関するクチコミを発信したりすることを“ステルスマーケティング”(略称ステマ)と呼ぶ。広義のステマは「特定の情報発信の際に、企業の介在があることを消費者に隠したり偽ったりすること」を指す。今回の事例はどうだったのか。
自社アプリの知名度向上を図るも「PR表記なし」
読売はバイトダンスの行為意図を「アプリ利用者を増やすのが目的」と指摘し、その手法を以下のように解説していた。
「国内外で撮影されたハプニングシーンや動物などの動画が多く、協力者が『笑う』『かわいすぎる』などとコメントを付けてツイッターに投稿。ティックトックに興味を持った人がアプリをダウンロードするように誘導していた」
一方、共同通信が同日報じた記事『TikTok金銭支払い動画拡散 日本の運営会社、ツイッターで』は、「アプリの知名度向上を狙ったとみられる」と指摘し、「アプリのダウンロード数を増やすのが目的ではなかったので『PR』などの記載は不要と考えていた」とのバイトダンス日本法人の見解を伝えた。大手広告代理店幹部は以下のように驚く。
「世界的なプラットフォーマーが、他社のプラットフォームを利用して、ステルスマーケティング的な振る舞いをするというのは、ちょっと聞いたことがありません。
日本国内の広告代理店や出版社などでつくる『WOMマーケティング協議会』では、消費者間コミュニケーションのマーケティング活用のためのWOMJガイドラインを定めています。しかし、バイトダンスさんは協議会には加盟していません。ガイドラインも協議会会員とそれに関係する各社で取り決めている業界ルールです。こうした行為を禁止する法律はありません」
同ガイドラインでは、企業の介在や当事者間で金銭の授受のある情報発信に以下のように「関係性を明示すること」を求めている。
<関係性の明示
(ア)情報発信者に対して、WOMマーケティングを目的とした重要な金銭・物品・サービスなどの提供が行われる場合、マーケティング主体(中間事業者でなく主催者)と情報発信者の間には「関係性がある」と定める。
(イ)関係性がある場合、情報発信者に関係性明示を義務付けなければならない。関係性明示は、主体の明示と便益の明示の両方が、情報受信者に容易に理解できる方法で行われるべきである。
①主体の明示:マーケティング主体の名称(企業名・ブランド名など)の明示
②便益の明示:金銭・物品・サービスなどの提供があることの明示>
バイトダンスの異例の行為に国内大手通信会社関係者も次のように首をひねる。
「バイトダンスは中国企業です。商習慣の違いというか、動画関連事業者の独特なルールがあるのかもしれません。ただ、バイトダンス日本法人といえば2016年に代表になった佐藤陽一氏が有名です。佐藤氏はマイクロソフト・プレス、米グーグルを経て、同社初の日本人ゼネラルマネジャーになった人物です。
彼以外にもGAFAMから相当数、優秀な人材を採用している企業なので、今回のような手法を使った上で、『アプリのダウンロード数を増やすのが目的ではなかったのでPRなどの記載は不要と考えていた』というのは妙な気がします」
背景にライブ配信業界内の特有の“文化”
ITジャーナリストの三上洋氏は次のように今回の事例を解説する。
「一般的に、お金を払って宣伝をしているのにもかかわらず、それを隠して投稿をしていることをステルスマーケティングと呼びます。今回の件では、Twitterのインフルエンサーに出来高払いでお金を払って投稿させ、誘導しています。
その目的が、アプリのダウンロード数を伸ばすためのものだったのか、Tiktokに投稿される動画全体のビュー数を上げたいがためだったのか、どちらかはわかりません。いずれにしても、TikTok側の依頼と金銭によって、インフルエンサーが投稿しているのでステマの典型例だと思います。
異例なのは、プラットフォーマーが別の社のプラットフォームに対しステマをしている点です。本来であれば、TikTokが自社のプラットフォームでステマを防止する立場だからです。
一方、TikTokなどの動画系サービス、ライブ配信・投稿アプリの世界では、お金を払って投稿させるという文化があります。
例えば、新規のライブ配信アプリの場合は、有名配信者を連れてきて配信するということも行われています。インフルエンサー事務所が、“新規のライブ配信サービスに対して所属インフルエンサーを紹介すること”がビジネスにもなっています。TikTok自体も、デリバリー業界やゲームアプリの紹介キャンペーンに近いこともやっています。“友人にアプリを紹介して、その人が加入すると報酬がもらえる”というものです。
つまり“動画を投稿させること”“アプリを紹介させること”になんらかの報酬が発生するというのが、動画やゲームアプリの世界だと比較的普通に行われているのです。
こうした行為自体はステマではありませんが、恒常的にそうした報酬が発生しているため、TikTok側は今回の事例でも深く考えていなかった可能性があります。
2012年以降、ステマは何度も繰り返し問題になってきました。WOMマーケティング協議会のガイドラインで求めている“PR表記”をつけずに投稿活動するインフルエンサーやライブ配信者も多いので、グレーゾーンはあると思います。こうした問題が何度も取り沙汰されると、今後、消費者庁なり、総務省なりが“ガイドラインを作りましょう”ということになり得ると思います
個人的には、この案件は法規制にはなじまないのではないか、と思っています。というのも、どこからがステマなのかの区分けが非常に難しいからです。例えば、“試供品をもらったり、商品を買ったりしてレポートすることはステマなのか”など、わからない部分が多いです。
一律に国が規制をかけると“魔女狩り”になってしまう恐れもあります。既存のガイドラインではない、あらたな業界内の指針づくりが求められていると思います。有力SNS運営企業やIT事業者が積極的に議論に参加し、ネットの実情に沿った“具体的なライン”を入れたステマ防止指針を作るべきではないでしょうか」
(文・構成=編集部、協力=三上洋/ITジャーナリスト)