「だから、TPPを推進すれば、農業分野であっても、世界第一位の農業大国に……」などという理屈がそのまま通用しないことは、私にもよくわかっています。大体、発明とは、技術的思想の創作(特許法2条1項)という、形のない無体財産であって、しかも、出願から20年後には消滅してしまうものです。現実に輸送しなければならない有体物である生産物とは、モノが違います。また、発明なんぞなくても生きていけますが、食べ物がなくなったら人間は死んでしまいます。
ただ、私としては、知財分野やその保護下にあった製造分野も、明治時代の終わりに、国家から保護の梯子(はしご)を突然外されたことがあり、青ざめながらも、生き残りを懸けて必死に戦ってきた時代があり、そして今なお戦い続けていることだけは、ぜひとも覚えておいていただきたいのです。
さて、恐ろしく長い前置きでした。
ようやく、本論である、TPP交渉の分科会の一つ、知財保護、海賊版の取り締まりについて考察を……と思ったのですが、予想に反して、まったく役に立つような情報を集めることができません。
当初、首相官邸か、内閣府かのホームページにアクセスして、TPPの経過情報でも集めれば、まあ大丈夫だろうと踏んで、「次回は、TPPの知的財産で書きます!」と編集部に宣言したのですが、正直「エラいことになった」と思いました(ちなみに、実際に情報が掲載されていたのは、国家戦略室のホームページでした)。
無論、下調べもしないで、大見得切った私にも責任がありますが、国家戦略室のホームページ上で見つけた『TPP協定交渉の現状(分野別)平成24年3月』を読んだだけで、TPP交渉の経緯を理解できる日本人っているのでしょうか(【註1】)。
私は、なにも「A国の代表と、特許法の解釈をめぐってつかみ合いのケンカになった」「B国の著作権に対する遵法精神の欠如にはあきれるばかりだ」などの状況や感想を書けとは言っていません。TPPが秘密交渉であることは知っています。また、我が国の既得権構造を壊すには、このような条約を使った外圧を利用することが、為政者にとって「楽チン」であることも承知です。しかし、それでも、もう少しマシな状況報告を国民にしていただけないものでしょうか?
●TPPで目指す方向性を読み解く
仕方がありません。
この報告書に記載された各項目の文面から、「多分、こういう内容なんだろーな」と思えるTPPで目指している方向性について、私的な解釈を記載させていただきます。
(1)視覚で認識できない商標
現在、日本では商標は視覚を通じて認識されるものだけが認められていますが、音や匂いにも商標を認めようという動きがあることは聞いていました。音に関しては「タンスにゴン!」とか「アシックス~♪」というもの、匂いに関しては「芳香剤の匂い」とか「豚骨を5kg使い5時間煮込んで、赤味噌と絡めたラーメンのダシの匂い」などが該当することになるのかと思われます。ただ、商標法の登録要件(自他商品識別力等)を発揮する「匂い」というものが、いまひとつ理解できないでいます。どうやって、その商標権の内容を国民に開示するのか。「音」は、WAVファイルでもMP3ファイルでも使えばよいでしょうが、「匂い」はどうするんだろう。そのラーメンのレシピを商標広報に掲載するのでしょうか?
(2)地理的表示の保護制度
中国での「松阪牛」と1字違いの「松坂牛」の登録商標問題とか、指定商品「茶」、商標「静岡」などの商標登録出願を、日本国外において拒絶させるような制度の強化かと推測されます。しかし、現段階で中国はTPPへの参加を表明しておりませんが。
(3)著作権の保護期間
これは、一言で言うと「ディズニーキャラクター」を守りましょう、ということで決まりでしょう。03年に著作権法が改正されなければ、ウォルト・ディズニーの死去から50年後、ミッキーマウスのキャラクターは誰でも使えるようになるはずでした。そうなれば、ミッキーとミニーが踊り狂う「町田市立ディズニーランド」も、「相模湾ディズニーシー」も実現されるはずでした(ただし、商標権の問題は残るので「ディズニー」は使えませんが、「ネズミランド」「ネズミーシー」とかにすればOKです)