「これは懐石ではない」老舗料亭のイギリス進出に賛否両論!?
ーー『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』(共にテレビ東京)『情熱大陸』(TBS)などの経済ドキュメンタリー番組を日夜ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で裏読みレビュー!
今回の番組:11月18日放送『情熱大陸』(テーマ:~秋の京都料理人スペシャル(1)菊乃井・村田吉弘~)
名前が達筆過ぎて読めなかったので、巻き戻してもう一度確認。そこには「菊乃井 村田吉弘」と書かれていた。葉加瀬太郎のテーマ曲に腕を組んだ強面のおじさんがこちらをにらむ。口が歪んでいる。おっかない。
だが、そんな予想は番組が始まってすぐに崩れる。
料理人仲間たちと「とりあえずシューマイを14人前」頼み、「とりあえずあったらあっただけ食う」と笑う。着物美人と並び、還暦を祝われる彼こそ京料理界のドンなのだ。世界各国の天才料理人たちの絶賛コメントを紹介した後は、新聞の一面を飾る『老舗料亭のロンドン進出』の記事。今回の 『情熱大陸』は「菊乃井」のロンドンでの奮闘が描かれるのだった。
村田氏は「ヨーロッパの経済の中心はロンドンやろ、やっぱり」と出店の理由を語る。和食を世界無形文化遺産にしたいとも考える彼にとって、今回のプロジェクトはその一歩なのだ。
「ロンドンの食はまずいから、何やってもうまい」と笑うが、僕も同感。以前、同国に行った時も豆とぱさぱさのパンにはうんざりだった。もちろんそれだけじゃないが、味の思い出が繰り返し通ったインド料理というのはいかがなものか。とはいえ京都の高級老舗料亭「菊乃井」の味を、僕がおいそれと食べられるはずがない。
ロンドンの店舗には、美術館に飾られてもおかしくないような屏風が並び、思わずキャメラもレールを敷いて、高級感溢れる映像演出を心がけている。料理は京都の伝統をぶち壊す大胆なものらしいが、僕にはさっぱりわからない。和食に、フォアグラ、トリュフ、フカヒレを使うことが、いかに凄いのかは情報でしかない。「一度は食べてみたいな、でも絶対無理だな」と即、諦めた。ただ、透明ガラスで外から丸見えの厨房や、職人たちには日本での制服である高下駄を廃して普通の靴を使わせたり、またネクタイもやめてしまったといったエピソードをもって、村田氏が改革者であることが伝わる。それを長期取材を敢行する『情熱大陸』お得意のBeforeとAfterで並べる演出が、なんだかおかしくみえた。
料理長は「人間は、このメイラード反応が起きたものが好きみたいやね」と分厚い本を前にメガネをして語る。その時も「菊乃井」の制服は脱がない。この人のこういうお茶目な所と真面目な姿は自己演出なんだろうな、と気づく。こういうタイプは一筋縄ではいかないはず。その予感は的中した。ロンドンの店舗には京都から丸太を取り寄せ、壁に描かれる山の絵が気に入らなければ描き変えさせてしまい、総工事費はなんと10億円。現地の食材にこだわり、とんかつを作ってみては大失敗。でも「ダメだこりゃ」と笑いながら頬張る。頑固と遊び心が混在する改革者なのだ。
そしてプレオープンの日。現地の一流の料理人や批評家が来店する。村田氏の挑戦的な料理にキャメラの前で、外国人たちが満足そうにうなずく。わたがしを利用した目にも楽しいすき焼き、生卵を食べないイギリス人に合わせた卵黄のたれ、カラフルなサラダ感覚の寿司。翌日の新聞の記事が紹介されるが、まずは絶賛評。「ロンドンにおいて、最も独創的で美味しい牛肉の食べ方」と書かれている。対して「これは懐石料理ではない」「日本で食べた菊乃井の料理と違う!」という意見も。星も少ない。伝統ある料理を改革するということは批判を覚悟する、ということでもある。村田氏はそうやって戦ってきたのだろう。
日本のルールに縛られては海外では通用しないが、向こうの常識に合わせるばかりでは無意味だ。外国人の批判を見ながら、そんなことを思った。村田氏はさらに改良を加え、自身の料理をアピールする。新しいものに対し、「前と違う」と批判するのは容易い。ならば、なぜ変えたのかまでも考えるべきではないか。店は始まったばかりだ。結論はまだ早い。
村田氏が、厨房に並ぶ世界中から集まった若き料理人たちを前に「二十歳の頃、日本人以外の人らがズラーッとこうやって日本料理を作っている風にしたいと思っていた」と語る場面があった。とても彼らしい視点だと思った。日本人の文化を押し付けるのではなく、世界のルールを考慮しながら、伝統をちょいと加えるのだ。
それは料理だけでなく調理にも表れていた。肌の色の異なる若者たちが日本料理を一心に作る映像が、それを証明していた。
(文=松江哲明)
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都生まれ。映画監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。ほかの作品に『童貞。 をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)など。また『ライブテープ』(09)は、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で作品賞。