今や観光地は訪日外国人で溢れている。外国人に日本の魅力が認められ、さまざまな国から多くの外国人が訪れることは、非常に嬉しいことだが、その一方で病院が外国人患者の対応に苦慮している。
医療関係者の間からは、コミュニケーションの問題を中心に、「どんな病状なのかを判断するのに、非常に苦労した」「診療方針を伝えても、理解が得られない」「訪日外国人は自費診療になるため、医療費の支払いで問題が発生する可能性が高い」などの声が多く出ている。
日本にいる外国人数は、2008 年末には214万4682人だったが、10年後の 18 年 6 月末には263万7251人と20%以上も増加した。それでも、これまでの外国人の患者の中心は、就労ビザを持ち、日本で働く外国人がほとんどだった。彼らは企業に所属しているため、公的な健康保険制度に加入しているケースがほとんどで、日本の医療制度などについてもある程度の知識を持っており、支払い問題等が発生するケースは少ない。
また、コミュニケーションの面でも、本人が日本語を理解できない場合でも、会社の同僚など親しい日本人がいることから、比較的に医師等と患者のコミュニケーションが取れるケースがほとんどだった。
近年では「医療ツーリズム」で訪日する外国人も増加している。彼らの場合には、治療内容が決まっており、また治療内容に対して理解をし、医療行為に合意しているため、問題が起こりにくく、病院側も事前に準備ができるため、コミュニケーションの問題が発生するケースは少ない。医療費についても、事前に取り決めしてあるケースが多く、問題が発生することは少ない。
しかし、13年には約1030 万人だった訪日外国人観光客は、17年には2860万人に達し、4年間で3倍に迫る勢いで増加しており、それに伴い、訪日外国人観光客が患者となるケースも急増している。
前述のとおり訪日外国人観光客は、まずコミュニケーションを取るのが難しいため、「病状を把握するのも大変。さらに、英語圏だけではなく、多言語での対応が必要なため、外国人患者によっては、まったく話が通じないケースもある」(都内の大手病院関係者)という問題も起きている。
コミュニケーションが難しいというのは、治療方針や治療内容を説明する場合には、非常に大きな問題となる。「なぜ、この検査が必要なのかを説明しても、なかなか納得してくれない」「自国で受けている治療と方法が違うため、治療を拒否された」というケースも起こっている。こうした問題が、医師と外国人患者との間のトラブルの原因となる可能性も指摘されている。
宗教上の問題も
医療費の支払いでも問題は多い。日本の健康保険制度に加入していない場合には、医療費は「全額自費」となるが、診察料、治療薬代などは国によって違う。そもそも、北欧など高福祉国では、医療費が全額無料となっている国もあれば、米国のように医療費は基本的に自己負担だが、民間保険で補完している国もある。このため、実際にかかった医療費の支払いの際に、外国人患者とトラブルになるケースも多い。
たとえば、日本人が海外旅行に行って、「虫歯の治療に数十万円かかった」とか、「盲腸の手術で100万円以上かかった」といった話も聞かれるが、国内で外国人患者が治療を受ければ、同様に数百万円の医療費が必要になるケースもある。こうした高額な医療費を国内に居住していない訪日外国人観光客から確実に徴収することは大きな課題だ。
その上、もし彼らが重篤な病状であり、入院治療が必要となった場合には、入院に際しての多言語での案内書から始まり、入院の仕方や入院時のルール、あるいは入院期間中における検査や治療面でのコミュニケーションの問題から病院内での外国人向けの案内板の設置など、多種多様な対応が必要となる。
それだけではない。国内にも宗教上の理由から輸血を拒否する人たちがいるが、訪日外国人観光客が患者となった場合には、宗教上などさまざまな理由から治療に支障をきたすケースも考えられる。
たとえば、イスラム教徒に対しては、外食産業では「ハラルフード」と言われるように、彼らが許されていない豚とアルコールを使わない食事を出す店も増えてきている。医薬品の中には豚の成分が含まれたものもあり、あるいはアルコールが含まれたものも治療に使えないことが考えられる。また、イスラム教では異性に肌をさらすこと(特に女性は)は避けなければならないため、検査や診察、治療などが行えないというケースもある。こうした宗教上の問題などにも対処できるようにしておく必要があろう。
若干、横道にそれるが、薬局も外国人観光客への対応が必要になるだろう。医師の処方箋がなくても買える市販薬は、各国ごとにその基準が違い、彼らが国内の薬局で購入しようとしても買えないケースが出てくる。こうした場合に、その代替薬となるような市販薬を用意しておくなどの対応が必要だ。
医師法上の「応招義務」の整理も課題
今年はラグビーワールドカップが開催され、さらに、4月からは新たな在留資格制度がスタートしたことで、外国人労働者の受け入れが増加する。政府は、訪日外国人観光客数の目標を東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には4000万人、2030年には6000万人に置いている。こうした、外国人の増加に伴う外国人患者の増加に対して、政府はもっと積極的な対応を行うべきだ。
たとえば、各国の政府と協力して、外国人観光客に対して「海外旅行保険」への加入を呼びかけるべきだろう。海外旅行保険にはさまざまなサービス内容のものがあり、必ずしも外国人観光客が患者となった場合に“万全なもの”とはいえないが、それでも保険に加入していることで、外国人患者の治療にあたる病院のリスクや負担を軽減できる。
また、外国人患者とのコミュニケーションを円滑に行うために、「医療通訳」の育成を促進することも必要。外国人患者の増加に比べ、現在の医療通訳の数はあまりにも少ないといわざるを得ない。特に、外国人労働者や外国人観光客の増加により、これまで外国人患者は東京を中心とした大都市圏に集中していたのが、地方に分散しているため、地方の病院の受け入れ体制の整備は急務だろう。
政府による手続き面での見直しも必要だ。たとえば、外国人観光客が入院した場合など、日本での滞在期間が延びる場合には、ビザの更新手続きが必要になるが、この手続きが非常に煩雑だとの指摘がある。
また、不幸にも外国人患者が国内で亡くなられた場合、宗教上の理由などから火葬ではなく、土葬を希望する場合がある。イスラム教では火葬が禁じられている。この場合、遺体を搬送することになるが、この手続きが非常に面倒なため、犯罪性のないもので医師の死亡診断書があるものなどに限っては、手続きを簡略化するといった措置を検討するべきだろう。
以上みてきた事態に対して、適切な対応が行える体制を早急に構築していかなければ、「日本は観光客を誘致するだけで、観光客を受け入れる体制ができていない」との批判を浴びることになるだろう。
最後に、医師法19条1項の医師の応招義務では、「診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定されている。道義的・倫理的な問題は別として、日本の医師法が外国人患者に対しても適用されるのかという点については、確固たる判断を示しておく必要があるだろう。
「お・も・て・な・し」は歓待し、サービスをよくすることだけではなく、「表裏なく」という誠実さも意味している。患者に対して、日本人、外国人の区別なく、最善の治療という「おもてなし」ができるようにするべきだろう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)