また、退職勧奨は労働者本人の自由な意思形成を阻害するかたちで行われた場合は違法とされる。石川氏は、面談にはやむなく応じていたが、上司から再就職支援会社の説明会に行くよう求められても、退職意思がないことから行っていなかった。石川氏は第1回目の面談で「辞めるつもりはない」「再就職斡旋会社の説明会にも行くつもりはない」と述べており、この時の会話は携帯電話で録音して裁判にも証拠として提出されている。しかし、上司からの度重なる退職勧奨面談で精神的に追い詰められた石川氏は、これを終わらせたい一心で、第5回目の面談で、「説明会に行った」と答えてしまったという。裁判所はこれを「石川氏が上司との面談を拒否していなかったことをうかがわせる事実」と認定し、自由な意思形成を阻害する退職勧奨ではなかったとしている。
「この点は、本判決の最も不適切な事実の評価だと思います。石川氏が上司に虚偽の説明をしたことを、石川氏の悪性事由のように捉えているが、裁判所は会社組織の上司と部下との関係にまったく思いが至っておらず、合理性がない」と光前弁護士は批判する。
「我が国の判例法理は、解雇することを厳しく規制していますが、その代償として企業に広範な配転権を認めてきました。しかし、本判決のように、会社の主張を鵜呑みにし出来事の表層しか捉えられない裁判官が多くなれば、情報開示しないまま巧みに従業員を精神的に威圧する退職強要が横行します。それでも退職勧奨に応じない従業員に対しては、自由裁量の報復的な配転で追い詰めるという事態が蔓延することとなるでしょう」(同)
最近ではリストラに伴う退職勧奨を指導、アドバイスする会社が存在し、大手企業ではこうした会社から得た知識を元に、巧妙なマニュアルを作成して退職勧奨を行っているという。実際、今回の裁判でも、オリンパスは、マニュアルの存在を認めていたが、証拠提出については拒否し、石川氏に退職勧奨をした上司はマニュアルの内容は記憶がないと証言している。実際は不合理な理由や不当な動機で退職勧奨や配転がなされても、裁判ではそうした事実認定がされないようにする手法が確立されているのだ。
サラリーマンは、判例法理によって確立された「解雇権濫用の法理」によって、極めて例外的な事情でなければ会社から「一方的に」解雇されることはなく、雇用自体については安定した立場を守ることができる。しかし、解雇されないことと、社内でどのように働くかの自由を得ることは、まったく別次元の話だ。露骨な報復人事が行われても、会社が主張する理由がそのまますべて認められ裁判の場で適法とされてしまえば、会社は人事権の行使によって“自主的な”退職に追い込むことが堂々とできてしまうだろう。
今後は闘いの場を東京高等裁判所に移すことになるが、原告は会社の真の意図を立証し、裁判所の判断を変えることができるか注目される。
(文=関田真也/フリーライター・エディター)