まず商標権は、「特許権」「実用新案権」「意匠権」と共に「産業財産権」に分類され、然るべき省庁に登録申請を行い、審査に通ってはじめて認められる権利だ。これらは新しい技術、デザイン、ネーミングなどについて独占権を与え、模倣防止のために保護し、取引上の信用を維持することによって、産業発展を図ることを目的にしている。
一方で著作権は、著作者が著作物を創作したときに自動的に発生する。したがって、権利を得るためには手続きも必要ないところが、産業財産権とは違うところだ。
本件の取材を進めるに当たり、不思議な事態に直面した。国際商標登録や知的財産の実務者に取材を申し込んだところ、一様に拒否の回答を寄せられたのだ。そんななか唯一、匿名を条件に取材に応じてくれた専門家の証言を紹介していこう。
専門家の証言
知的財産の実務者は契約時にNDA(守秘義務契約)を結んでいますし、狭い世界ですからマスコミの取材を受けると個人が特定される恐れが強く、ばれたら二度と仕事をもらえなくなります。今、マスコミに露出して解説をしている有識者の見解は、実務者の感覚とかなり相違があります。
今回、東京五輪のエンブレム決定に関与している広告代理店A社(仮名)は、実は以前から数多くの事件を起こしています。ある医薬系の大企業が大規模なCI(コーポレート・アイデンティティ:企業イメージの統一)を行った時、A社が秘密裏に作業を進め社名変更を発表する記者会見を行ったのですが、その社名をライバル会社が既に商標登録していたという大事件が発生したのは有名な話です。結局、業界自体が世界から嘲笑の的になりかねないため、秘密裏に商標を譲渡したそうです。
また、こちらも世界的に有名な大企業の話ですが、A社が関与し何十億円もかけてCIを変更したところ、「業種が『物流』に限定されるような社名を冠したロゴ」をつくってしまった。その会社は歴史も長い大企業なので、業種は物流だけではなく、旅客輸送や不動産など多岐にわたりますから、当然新ロゴの使い勝手は最悪なわけです。しかし社内決済は通っている手前、経営陣の責任問題になってしまっては困るので、株主にもバレないように秘密裏に過去の商標のCIに戻しているそうです。ほかにも類似の事件はたくさんありますが、いずれもA社は傷を負っていません。