【貴ノ富士暴行】大相撲界、暴力の連鎖が続く背景に「攻撃者との同一視」というメカニズム
秋場所前に暴行問題を起こし、日本相撲協会から自主的な引退を促されている十両・貴ノ富士が27日、弁護士同席のもとで会見を行った。
貴ノ富士は、若い衆に差別的な発言を繰り返し、「ニワトリ」「ヒヨコ」「地鶏」などと呼び、新弟子の額を右手の握り拳で殴打したという。しこ名が貴公俊(たかよしとし)だった昨春にも、付け人に暴力を振るったとして問題になっており、2度目の付け人への暴力で事実上の引退勧告を受けたわけである。
もちろん、貴ノ富士本人に、怒りや攻撃衝動をコントロールできないうえ、きちんと反省していないという問題があるのだろう。だが、それだけではなく、背景には相撲界全体の構造的な問題が潜んでいるように見える。
たとえば、2017年の秋に元横綱・日馬富士の暴行事件の被害者として脚光を浴びた元幕内力士・貴ノ岩は、その約1年後、今度は自身が付け人に暴力を振るい、引退に追い込まれた。
貴ノ岩の一連の騒動を見て、私は「自分が暴力を受けてつらい思いをしたのなら、同じことを他人にしなければいいのに」と思ったものだ。だが、実際には、相撲界では若い衆への暴力が連鎖してきたように見受けられる。もしかしたら、貴ノ富士も、新弟子の頃に兄弟子から暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりしたことがあり、同じ仕打ちを繰り返しただけかもしれない。
「攻撃者との同一視」
このような暴力や暴言の連鎖が起こるのは、「攻撃者との同一視」による。これは、自分の胸中に不安や恐怖、怒りや無力感などをかき立てた人物の攻撃を模倣して、屈辱的な体験を乗り越えようとする防衛メカニズムであり、フロイトの娘、アンナ・フロイトが見出した(『自我と防衛』)。
このメカニズムは、さまざまな場面で働く。たとえば、小学校でいじめられていた子どもが、中学校に上がると自分より弱い相手をいじめるようになる。あるいは、高校や大学の運動部で「鍛えるため」という名目で先輩からいじめに近いしごきを受けた人が、自分が先輩の立場になったとたん、今度は後輩に同じことを繰り返す。
同様のことは職場でも起こりうる。お局様から陰湿な嫌がらせを受けた女性社員が、やがて女性の新入社員に同様の嫌がらせをするようになる。あるいは、上司や先輩からのパワハラで出社拒否になった男性社員が、やがて部下や後輩に同様のパワハラをするようになる。
「攻撃者との同一視」は、親子の間でも起こりうる。子どもの頃に親から虐待を受け、「あんな親にはなりたくない」と思っていたのに、自分が親になると、自分が受けたのと同様の虐待をわが子に加える。こうして虐待が連鎖していく。
虐待が連鎖している家庭について相談を受けるたびに、「自分がされて嫌だったのなら、同じことを子どもにしなければいいのに」と私は思う。だが、残念ながら、そういう理屈は通用しないようだ。