飼い主に、「家の中で暖かくしておくようにって、お医者さんが言ったでしょう?」と言っても、認知症を患っているらしい男性は「うちの猫は元気ですよ。今まで病院にかかったことなんか一度もないから」と、ほんの2日前の出来事すら記憶にとどめていない様子。
このままでは、まともな治療は望めない。そう判断した克彦さんは、こっそりと猫を保護して別の動物病院に連れ込み、「チー助」と名付けて自宅で飼うことにした。
●高齢者がペットを飼うことの問題
克彦さんはその時を思い出して、次のように語る。
「僕は、一人暮らしのお年寄りからペットを奪ったんです。良心の呵責は半端ないです。つらかったです。でも、あのままだとチー助は苦しみながら死ぬしかなかった。あれから半年以上。チー助の病気は治ったけど、排尿に障害が残りました。おじいさんの心の満足を優先するか、動物の健康を優先するか……。この先、こんな問題があちこちに出てくるような気がするんです」
ミミやチー助のケースは、高齢化社会とペットブームが重なり、起こるべくして起こった事故かもしれない。
いや、ミミもチー助も、助けられただけ幸運だ。救いの手を差し伸べられず、悲劇的な最期を迎えるペットは、決して少なくはないのだから。
東京都内で動物保護団体を主宰する女性は、こう語る。
「高齢者が動物を飼い、結局は世話ができなくなるというケースは珍しくありません。飼い主が亡くなった後、遺族がペットを保健所に連れ込むことだってあるんです。ですから、犬や猫の寿命を考え、うちでは一人暮らしの55歳以上の人には動物を譲っていないのです」
けれども、独居高齢者がペットを飼うのが全否定されているわけでもないようだ。前述の保護団体のサポートスタッフは、次のように語っていた。
「いちがいに独り暮らしの高齢者のペット飼育を敬遠してるわけじゃないんですよ。高齢者が動物と暮らすことで元気になるケースって、たくさんありますから」
「家族のいないお年寄りが動物と暮らせたら、と思います。特に猫や高齢の犬は、静かで穏やかなお年寄りと相性が良いんです。ただ、飼い主にもしもの事態があった時の受け皿がないのが問題なんです」
●高齢者と動物のためのバックアップがない社会
アニマルセラピーという言葉があるように、動物による癒やし効果は多くの人々が認める。
犬や猫などの動物を撫でることで血圧が低下したり、心臓病の進行を遅れさせたりできるといわれているし、ペットを飼っているとリラックス効果によって中性脂肪やコレステロール、血圧などの値が下がることも知られている。また、動物を飼っている高齢者はそうでない高齢者に比べて、通院回数が少ないというデータもある。
日本で殺処分される犬や猫は年間20万匹以上。今後、増え続けるであろう高齢者が、家族の一員としてこういった動物を迎え入れられれば、高齢者にとっても動物にとっても、少しは暮らしやすい社会になるのではないか?
動物を飼う一人暮らしの高齢者を定期的に訪問し、飼い方の指導などを行っている動物愛護推進委員の和代さん(50代)は、この件について次のように語った。
「一人暮らしのお年寄りが動物を飼うためには、それなりのバックアップが必要です。核家族化が進む今、家族や親戚の助けは当てにならないケースがほとんどです。かといって、行政がそこまでサポートできるかというと難しい」