TPP、日本の経済メリット10兆円 企業・医療・農業に大きな恩恵 規制改革も促進
環太平洋経済連携協定(TPP)のメリット・デメリットについて確認すると、まず一番身近なメリットは、食料品などの生活必需品の値段が下がることである。TPPが発効となれば、輸入食料品の関税が下がるため安く食材を調達できる。これは一般消費者にとっては大きなメリットになる。
産業に関しては、端的にいえば日本がもともと強い産業が得をする。例えば、自動車や自動車部品などがその代表である。さらに、輸入食料品が安くなることに関連して、輸入してくる原材料が安くなることにより、食料品産業や外食産業にもメリットがある。
同じ理屈で、衣料品業界にもプラスに働く。今の日本では、衣料品はほとんど海外で製造して輸入しているが、その逆輸入にも最大10%の関税がかかる。それがなくなれば、海外で製造して輸入するときに関税が安くなる分、安く売れる。
ほかにも、海外の公共事業への入札も可能になる。東南アジア等の国での国営企業保護政策の緩和や、投資家対国家間の紛争解決条項(ISDS)もTPPに盛り込まれるため、日本企業が他国での建築事業に積極的になることも見込まれる。
一方、デメリットを被るのは日本の農林水産業や畜産業である。今回の交渉でも、日本における米や牛肉の関税の行く末が注視された。
TPPは、関税の直接的なメリット・デメリットのほかにも、環太平洋地域内でビジネス環境が統一されることで、間接的なメリット・デメリットが生じる。
具体的には、まず貿易が活発化することで、商社や倉庫業などがメリットを享受できる。また、TPPにより国家間のビジネス環境が収斂されるにつれ、日本固有の雇用規制にも圧力がかかる可能性もある。そうすると、雇用規制の緩和が進むかもしれない。
日本固有の規制に改革圧力
一方、TPPにより直接的な打撃を被る産業としては農業が頻繁に挙げられるが、同時にTPPが日本の農業にとってイノベーションのチャンスにもなると指摘する意見もある。これもTPPの間接的な影響力を考慮しての意見である。
例えば、日本の農業においては、TPPにより農地の売買が自由になることが期待されている。今の規定だと企業が農業に参入する場合は役員の一定割合が農作業に従事しなければならないことになっている。したがって、これが変わらない限り企業の農業参入のハードルは高く、それでは農業にイノベーションを起こすことは難しい。
そこで、この規定を変えるために、安倍政権も成長戦略の一環として農地法の改正を5年後に検討する、と昨年打ち出したが、まだまだ先の話である。しかし、TPPが締結されると、農業の競争力を高める圧力が否応なくかかるため、こういった規制改革も後押しされると考えられる。
医療の分野でも、直接的な打撃を受けることはないかもしれないが、今も特定の治療方法に限って例外的に認められている、混合診療が広がる可能性がある。
混合診療とは、保険診療と保険外診療を併用し、医療費に健康保険で賄われている分と賄われていない分が混在することを認めることである。混合診療が認められると保険外の治療が増えるため、保険外診療ができる都市部の大病院などに患者が集まり、町の開業医などが打撃を受ける可能性がある。
以上の通り、TPPはその直接的な効果への期待よりも、合意によりいろいろな日本固有の規制に改革圧力がかかる、というところに大きな期待が寄せられている。
なお、TPPの直接的な経済効果は政府の試算によれば約3兆円と報じられているが、上記に挙げたような間接的な経済メリットも含めると、その総額は約10兆円との試算結果もある。
経済連携協定の遅れを挽回
安倍政権の成長戦略は、端的にいえば「日本をビジネスがしやすい国にする」ということである。昔から日本には「産業の六重苦」があるといわれている。六重苦のうち、TPPに関係するものに、経済連携協定の遅れ、労働規制の厳しさ、エネルギーコストが高いことが挙げられる。
署名済みのものだけカウントすると、日本は主要国の中で経済連携協定の締結が最も進んでいない国となる。しかし、多数の国が参加するTPPに合意できれば、経済連携協定の遅れは大きく巻き返せることになる。
労働規制の厳しさも、TPPでビジネス環境もある程度統一されれば進む可能性がある。エネルギーに関しても、資源がある国と経済連携を組んで、できるだけ資源を安く調達するのが喫緊の課題であり、TPP発効がカギを握る。
さらに、TPPが実際に発効に至れば、チリなどの資源国からの資源調達が容易になる。新たにシェールガス開発に取り組んでいるカナダとも日本の商社が合同で開発しやすくなるはずである。
政府の描いている青写真は、アジア太平洋地域において包括的な経済連携の強化を目指す米州自由貿易地域(FTAA)や、日中韓印豪NZの6カ国でつくる東アジア地域包括的経済連携(RCEP)なども含め、世界全体で経済連携を組むということであろう。
(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト)