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江川紹子の「事件ウオッチ」第41回

世界を震撼させた「パリ同時多発テロ」 今、空爆よりも必要なテロ対策とは

文=江川紹子/ジャーナリスト
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世界を震撼させた「パリ同時多発テロ」 今、空爆よりも必要なテロ対策とはの画像1パリ同時多発テロを受け、会見で「国際社会が一致団結して、断固非難すべきだ」と語った安倍首相だがーー(写真は「首相官邸 HP」より)。

 さながら、テロの季節である。

 10月10日、トルコの首都アンカラで起きた自爆テロで103人が死亡。

 10月31日、エジプトのリゾート地にある空港を飛び立ったロシア旅客機が墜落し、乗客乗員224人が死亡。ロシア当局は後に爆弾テロと断定した。

 11月12日、レバノンの首都ベイルートで起きた2件の自爆テロで43人が死亡。

 11月16日までに、イラク北部の町シンジャルで、虐殺されたヤジディ教徒のクルド人とみられる男女130人の遺体発見。イラクでは、7月17日に首都バグダッドの北東約30キロのハンバニサドで自動車爆弾を使った自爆テロで130人が犠牲になるなど、各地でテロ事件が相次いでいる。

 11月13日、フランス・パリの劇場やレストランで起きた同時多発テロにより、130人が死亡。パリでは、1月7日にも諷刺週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃やユダヤ系スーパーマーケット襲撃で17人が殺害されている。

あえて人生を謳歌する“テロとの戦い”

 その後も、アフリカのマリのホテル襲撃で19人が死亡し、カメルーンやナイジェリアでも少女による自爆テロが発生。ベルギーでは、「極めて具体的なテロ情報があった」として、首都ブリュッセルのすべての地下鉄駅を封鎖する事態も起きている。

 こうやって最近の主な出来事を列挙しているだけで、暗澹とした気持ちになる。次にどこで何が起きてもおかしくない。そんな不安や恐怖を感じている人もいるだろう。

 テロに襲われた町では、なおのことだ。そんな中で、極力普通の生活を送り、自分たちの価値観を守ろうと努めている人々もいる。パリでは、静かに犠牲者を悼む人たちや緊張の中にいる人々の姿と合わせ、人生を楽しみ、自由を謳歌する価値観を守ろうと、あえて街に出て歌い、飲み、語らう人々の様子も伝えられている。

 事件の直後には、最も多くの死者を出した劇場「バタクラン」の前に自転車でピアノを運び込み、ジョン・レノンの「イマジン」を演奏したピアニストがいた。事件から一週間後には、シャンソン界の大御所シャルル・アズナブールや著名バレリーナのマリー=クロード・ピエトラガラなどが「声を挙げ音楽を奏で、光を灯そう」と呼びかけた。そのメッセージはSNSで広まり、広場に集まった人たちが歌い、踊る姿もあった。

 日本であれば、こうした行為は「不謹慎」「被害者のことを考えろ」「売名行為だ」などと非難・攻撃されかねない。それぞれが、自分のやり方で犠牲者を思い、テロには屈しないと自らを励ますことができるところに、フランスの懐の深さ、個の自由を尊ぶ文化的な底力を感じる。

 こうした多様性を認め合う価値観は、テロを企てる者たちの独善的で不寛容な価値観と対極にある。人々が自ら勝ち取り、守ってきた「自由、平等、友愛」は、今も力強く脈打っているのだろう。

 ただし、楽観はできない。フランスでは、髪を隠すヒジャブなどをまとっている女性が暴力をふるわれる事件も相次いでいるという。イスラム教徒らへの差別や狭量なナショナリズムが広がっているようだ。

 また、オランド大統領は一連のテロを「戦争行為」と呼び、「フランスは戦争状態にある」として、「イスラム国」(IS)打倒を宣言し、シリアへの空爆を行った。国内の強硬な意見を持つ人々に向けて、強い姿勢を示す必要を感じたのかもしれないが、こうした力による反撃ではテロをなくすことは不可能だろう。ましてや、自国民を迫害し、虐殺してきたアサド政権の後ろ盾となっているロシアと連携した攻撃は、少なからぬイスラム教徒の反感を買うのではないか。しかも、爆弾が落ちる地上にいるのは、ISの幹部と戦闘員だけとは限らない。無辜の民、とりわけ子どもの被害が、かえって憎しみの連鎖を広げてしまう可能性もある。

彼・彼女はどうしてテロリストに変貌したのか

 今回のテロを実行した者の多くは、フランス人かベルギー人。ISの影響下で行ったとはいえ、ヨーロッパ育ちのテロリストが引き起こした事件といえる。武力による報復より、国際的な情報の共有と、ISに身を投じる自国民をつくらないための方策に、ヨーロッパはもっと力を入れなければならないのではないか。

 そのためにも、経済的に困難な状況に置かれるなど、社会の中で疎外感を味わっている移民の二世や三世などを、社会の中に包摂していく努力は重要だ。ただ、そうした根本的な対策は、時間がかかる。それと併せて、ISに引き寄せられる人を減らす方策を実施するためにも、今回の事件の犯人たちがどのようにして心を取り込まれていったのか、十分な調査と分析を行う必要がある。

 これまでのさまざまな報道を見る限り、ISは一定地域の支配を目指す政治的な勢力であると同時に、宗教的カルト集団といえるだろう。ヨーロッパで感化された若者は、いきなりシリアに渡るわけではなく、まず自分が住んでいる地域で、ISにつながる思想の持ち主に接し、感化され、心を支配されていく。

 たとえば、「バタクラン」に突入し死亡したサミ・アミムールという28歳の男。内気で物静かなバスの運転手だったが、いつの間にか過激思想に染まり、モスクに通い始めるようになったという。このモスクで、どういう人物と接触したのかが気になる。2013年9月に彼は仕事を辞めてシリアに渡航し、ISに参加。父親は息子をISから救い出そうと単身シリアに渡り、ISと交渉して面会を実現させたという。母親からの手紙も渡して説得したが、説得は不調に終わった。

 この父親の姿は、オウム真理教や統一教会などのカルトから子どもを救出しようと懸命になっていた幾人かの親の姿と重なり合う。すっかりカルトに心を支配された状況で、しかもカルトの本拠地で、いくら親の情を訴えてもなかなか通じるものではない。むしろ、ISは彼が動じることがないという確信があったからこそ、父親との面会を許したのではないか。

 また、主犯とみられるアブデルハミド・アバウドとともにパリ郊外の拠点に潜伏し、警察が急襲した際に死亡したアスナ・アイトブラセンという女は、以前は家族が「コーランを読む姿を見たことがない」ほど世俗的な生活を送っていたと報じられている。髪の毛を覆うベールをかぶることもなく、イスラム教が禁じる酒を飲み、パーティに興じていた。半年前になって急に生活が変わり、目以外の髪と顔を覆うニカブをつけるようになり、「シリアに行きたい」と言い出したという。

 周囲の人たちはその変わりように驚くが、彼女の場合、むしろ正当なイスラム教の教えに疎かった分、過激思想に対しても疑問を持つことなく教えられるままに素直に吸収してまったのかもしれない。

今こそ求められる真の宗教の力

 この2人は死亡したので、残念ながら本人に事情を聞くことはできない。しかし、彼らが書き残したものや周囲の人たちの話から、ある程度の分析をすることは可能だろう。生きて身柄を拘束された容疑者や、これまでにISにかかわった経験のある人たちから、ISに心が囚われていくまでの過程を丁寧かつ十分な聞き取りをし、その結果を公表してもらいたい。そして多くの人が知恵と経験を寄せ合って、巻き込まれていく若者を減らし、あるいは心が囚われかけている人を早く取り戻すための対策を考えたい。

 そうした対策には、宗教関係者の協力は不可欠だろう。

 宗教を利用したカルトに対抗するのは、家族の力だけではなかなか難しい。日本のオウム真理教の場合も、凶悪事件に関与した信者の中には、親たちが取り戻そうと懸命に活動をしていた者もいた。しかし、いったん心がオウムに囚われてしまった者は、なかなか他人の言葉には耳を貸そうとはしない。オウムは仏教経典を悪用した仏教系カルトだが、残念なことに地下鉄サリン事件が起きるまで仏教界はまったくといっていいほど対応をしてこなかった。信者の家族は、互いに支え合うのが精いっぱいだった。

 一方、統一教会に関しては、かなり前からキリスト教牧師の有志が家族に助言を与えたり、本人に宗教的な側面からカルトの問題点に気がつくためのカウンセリングを行ったりしている。それによって、霊感商法などの違法行為から救出された信者もいる。オウムの事件以降は、仏教者の中にもカルト問題に真剣に取り組む動きも出てきた。ISなどのイスラム系カルトに対抗するには、やはり本来のイスラム教の力が必要だろう。

 一連のテロに対し、世界中のイスラム教徒から犯行を非難する声が挙がっている。「ISは世界各国の人々を勧誘し、自爆テロを行わせるために誤った宗教的な内容を用いている」などという聖職者からのメッセージも出ている。しかし、それだけではカルト対策としては生ぬるすぎる。

 こうしたテロに人々を駆り立てるカルトへ若者が引き寄せられるのを防ぎ、その家族を支え、巻き込まれていった者たちを引き戻すなどの対応に、イスラム教の聖職者たちにも積極的に取り組んでほしい。

 信教の自由は大事だ。テロを理由にした宗教弾圧や差別が起きないようにしなければならない。その信教の自由を守るためにも、宗教自身がカルトに対して毅然と対応してもらいたいと思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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