ツケは一般国民に押し付けられる
20世紀初め、以上のような厳しい状況に直面したニューヨークの銀行財閥は、これらの問題を一挙に解決する方法を知っていた。中央銀行の設立である。中央銀行の力で金利を低く抑えることができれば、企業は借り入れを増やしてくれる。中央銀行の規制により銀行業を営む条件を厳しくすれば、新規参入を制限し、競争を和らげることができる。そして中央銀行が「最後の貸し手」として無制限にマネーを供給してくれれば、預金者の取り付けを恐れず、貸し出しを増やすことができる。中央銀行は銀行経営の自由を縛るかもしれないが、その見返りとして大手銀行の既得権益維持に役立ってくれるのである。
モルガン商会のデイヴィソンは「私は自由競争よりも規制と支配のほうが好ましいと考えている」と本音をはっきり述べている。石油王ロックフェラーはもっと露骨に「競争は罪だ」と繰り返した。大銀行は中央銀行による規制をやむをえず受け入れたのでなく、むしろ進んで導入しようとしたのだ。
だが銀行自身が先頭に立って中央銀行設立運動を繰り広げるわけにはいかない。そんなことをすれば、世間からたちまち下心を見透かされてしまう。ただでさえ当時、ニューヨークの金融財閥は産業界への支配を強めているとして非難を浴びていた。
中央銀行設立を進めるには、銀行財閥ができるだけ表に出ないことが必要だった。企ては上首尾に運び、1913年12月、FRBの根拠となる連邦準備法が成立する。それ以降、現在に至るまで、政治や銀行業界から独立しているはずのFRBは、今回のように利下げで時の政権を事実上援護したり、過剰融資で経営危機に陥った銀行を特融で救済したりしてきた。そのツケはドルの価値希薄化というかたちで一般国民に押し付けられる。約110年前に大銀行の既得権益を守るために企てられたFRBという陰謀は、現在進行形なのだ。
(文=木村貴/経済ジャーナリスト)