ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 『カルメン』はなぜ酷評されたのか?
NEW
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

もっとも有名な歌劇『カルメン』は、なぜ初演当時は酷評されたのか?

文=篠崎靖男/指揮者
【完了・23日掲載希望】もっとも有名な歌劇『カルメン』は、なぜ初演当時は酷評されたのか?の画像1
「Getty Images」より

 オペラに詳しくない方でも、歌劇『カルメン』という題名はご存じだと思います。特に序曲は聴かれたことがあるはずです。現在、TBSが夜の番組の宣伝をするときに使っているくらい、クラシック音楽、ポピュラー音楽の垣根を越えた有名な音楽です。

『カルメン』は、1838年生まれのフランス人作曲家・ビゼーによって作曲されましたが、オペラ劇場でなくコメディーオペラ劇場、つまりは滑稽な内容を取り扱う気楽な劇場で初演されました。しかし、『カルメン』のストーリーは、人種問題や社会の裏側を垣間見せている内容で、当時コメディーオペラで楽しもうと聴きに来た気楽な観客にしてみると、まったく期待外れで、初演は大失敗に終わってしまったのでした。

 スペインを舞台としている『カルメン』の主役のカルメンとドン・ホセは、今でいう移民問題のような2人でした。絶世の美女カルメンは、今でも差別問題があるジプシーの女性で、働いているのは最下層の労働者が働くタバコ工場です。ちなみに、スペインのアメリカ進出によりヨーロッパにもたらされたタバコ、特にキューバの首都ハバナの葉巻は有名ですが、カルメンはハバナを名前の由来に持つ音楽“ハバネラ”を歌いながら登場し、下品なタバコ工場で働いていることを観客にイメージさせます。周りではジプシーの工女たちがタバコを吸いながら、周りに群がっている男どもに目配せをする。そんな不謹慎な場面です。

 その後、カルメンの恋人になるドン・ホセは、今もなおスペインからの独立問題で揺れ続けているバスク人です。原語も人種も違う人々です。バスク地方からスペインに出てきて兵士になっていましたが、カルメンの誘惑で重罪の脱走兵となり、カルメンのジプシー仲間と山賊の一味にまで落ちてしまいます。そして最後には、自身を捨てたカルメンを刺殺してしまうのです。そんな内容なので、コメディーオペラ劇場で思いっきり笑おうと思っていた観客はがっかりしてしまったのです。

フランスとタバコ

 ちなみに、タバコを最初に吸ったヨーロッパ人はコロンブスです。スペイン女王・イサベル1世の援助を得て大西洋を航海し、西インド諸島を発見したのは1492年。現地の先住民の酋長にガラス玉と鏡を贈ったところ、タバコを返礼としてもらいました。

 そして、コロンブスの大発見をきっかけにスペインの大進出が始まるわけですが、スペイン人たちが新大陸からヨーロッパに持ち帰ってきたのはタバコだけでなく、トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、唐辛子、チョコレートという、現在も世界中で愛されているものばかり。つまりは、大量の銀を漁ることになる新大陸発見の前までは、スパゲティナポリタンも、ポテトフライも、韓国のキムチすらもありませんでした。それだけではなく、性病やタバコのような、人の健康を蝕むものまで運んできてしまい、その後の大航海時代により全世界に広めてしまったのです。

 しかし、当時はタバコの実害などは誰も知らず、それどころか16世紀にスペインからフランス国王・アンリ2世に伝わった時には、タバコをスペインから来た薬草としてもらい受け、実際に王妃カトリーヌ・ド・メディシスはそれを頭痛薬として愛用したのです。ちなみに、カトリーヌの実家であるイタリアのメディチ家は、もともと医学の分野で興り、その後、金融業で成功し、各国の王家かそれ以上の権勢を誇ったフィレンツェの名家です。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのパトロンでもありましたが、「メディスン=薬」の原語ともなったといわれているメディチ家から嫁いできたカトリーヌが、タバコを頭痛薬として愛用したことで、あっという間にフランスの貴族階級を中心に伝わったのです。

 とはいえ、喫煙自体はあまり上品には考えられてはいなかったようです。フランス王ルイ13世などは、鼻から煙を出すのは下品として、宮廷ではタバコの煙自体を出すことを禁ずるという無理を言いだします。そこで困った愛煙家の貴族たちの間で、タバコを粉にして鼻から吸い込む“嗅ぎタバコ”がはやりました。

 しかしその後、フランス革命が起こり、市民のなかで嗅ぎタバコは王侯貴族を連想するとして嫌われ、パイプブームが到来します。そんななか、パイプにタバコの葉を詰めることすら面倒に思っていたナポレオンが、スペインに侵攻した際に出会ったのが、スペインのローカルなタバコだった葉巻でした。これをきっかけに葉巻はヨーロッパ中に広まり、その後の紙巻タバコの発明につながるわけですが、そんな時代にフランスの作家メリメが執筆した原作小説『カルメン』にタバコ工場の場面があるのは、決して偶然ではないと思います。

 僕の子供の時代は、タバコの毒性についてあまり知られておらず、満員電車の中でタバコを吸い、そのまま電車の床でもみ消してそのままにしている人が多かったという話をすれば、同世代以上の方々は「そうだった」と思い出されるでしょう。しかし、健康に対する実害が明らかになってきて、愛煙家の立場が弱くなっているのも時代の流れです。

 実は僕も20代の頃にはタバコを吸っていました。その頃から禁煙運動が盛んだったアメリカでの出来事です。アメリカの家の庭はそのまま道路に面しているのですが、ある日、タバコを吸いながら歩いていた時、少しだけ誰かの家の庭の芝生に入ってしまったのが悪かった。その瞬間、30メートルくらい離れた家屋から、その家の主人が飛び出してきて「Don’t smoke in my Garden!(俺の庭でタバコを吸うな!)」と怒鳴られました。その後、アメリカに住み始めたのをきっかけにタバコをやめることができたので、悪い経験ではなかったのかもしれません。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

●オフィシャル・ホームページ
篠﨑靖男オフィシャルサイト
●Facebook
Facebook

もっとも有名な歌劇『カルメン』は、なぜ初演当時は酷評されたのか?のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!