届出がされなければ、行政の監督も及ばず、不適切な運営が放置されることになりかねない。どうしてこのような無届介護ハウスが増えているのだろうか。
福祉や介護の法律問題に詳しい外岡潤弁護士は、「無届ホームが増加したことは、国が国民全体、特に高齢層の貧困化と、要介護者の絶対数の増加を見越した政策を打たなかったことの当然の帰結です」と指摘する。
本来あるべき姿とされる施設の形態は主に2種類ある。届出が必要な住宅型有料老人ホームと、登録制のサービス付き高齢者向け住宅だ。しかし、このような施設を運営するには高いハードルがある。いずれも、各利用者に一定面積以上の個室を提供する規模の建物でなければならないという規定があり、これが足かせとなっているのだ。
「たとえば、かつて社員寮として用いられた建物をこうした施設に転用する場合、こうした建物は、独身者が住むことを前提として建てられていることも多く、1部屋当たりの面積が小さいことがよくあるのです。そうすると、そのまま正規の有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅にリニューアルして届け出ることができません」(外岡弁護士)
そうなると、地価の高い都心になるほど開設・運営が難しくなることは誰の目にも明らかだ。また、近年の介護保険制度の改正も、無届介護ハウスを増やす原因になっているという。
「そもそも、施設を運営する側からすれば、同じ建物内に入れる訪問介護やデイサービスを入居者に使ってもらって初めて利益が出る形態となっています。逆にいえば抱き合わせだからこそ入居費を低価格に設定できていたのです。しかし、今年の介護保険改正によって、こうした『小規模デイサービス』が集中的に減算・規制強化の影響を受けることになりました。そのため、まだ制約の厳しくない地方において、無届介護ハウスが増加したものと思われます」(同)
個室義務化が歪みを生んだ?
無届介護ハウスが届出をしようと考えても、現実には簡単にできない。それは、法律で施設に「個室化」が義務付けられているからだ。以前は、こうした介護施設は4人1部屋などの「多床室」という形態が一般的だった。しかし、これはプライバシーなどの観点から望ましくないとされ、個室化が進められてきた。この個室の提供にこだわることを、国は真っ先に撤回すべきだと外岡弁護士は指摘する。
「個室を義務付けたことで密室となり、死角が増えました。それが原因となり、ケアの手抜きやヘルパー同士の連携不全、果ては虐待といった問題が噴出しています」(同)
プライバシーという利益を守ろうとした結果、むしろデメリットが大きくなっているのが現実なのだ。また、個室化を無理に実現しようとすればコストがかさんで、その負担は結局利用者に跳ね返ってくる。しかし、それでは年金が削られ収入が途絶えることになる高齢者は、毎月の入居金、保険料を払うことすら困難となっていく。
人のニーズ、金銭負担の許容範囲、生活スタイルはさまざまだ。国は理想を追い求めて介護保険制度を構築しているが、その現実とのギャップが歪みとなり、逆に法律の目の届かない場所で介護が行われているという事態を生み出している。
「『共同生活でも路上よりはましだから、格安の施設に入れてほしい』という高齢者は、今後も増加し続けるでしょう。あらゆる贅沢に応え、理想だけを唱えていれば済む時代はとうに終わっていることを、国も自覚するべきです」(同)
介護保険の世界は、あまりに理想と現実が乖離しすぎてしまった。今回指摘されている無届介護ハウスの増加は、その矛盾が表面化した一例であり、氷山の一角に過ぎない。国は、要介護者にとって本当に必要なサービスと安全措置をもう一度見直し、現実的な最低ラインを引き直すべきだろう。
(文=Legal Edition)
【取材協力】
弁護士 外岡潤
弁護士・ホームヘルパー2級。介護・福祉系法律事務所「おかげさま」代表。
札幌生まれ東京育ち。2009年、介護・福祉の現場におけるトラブル解決に特化した事務所を開設、現在に至る。12年「一般社団法人介護トラブル調整センター」を設立。話し合いでトラブルを解決するメディエーションを研究・推進。著書に「介護トラブル相談必携」(民事法研究会)、「介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~」(メディカ出版)、「介護職員のためのリスクマネジメント養成講座」(レクシスネクシス・ジャパン)ほか多数。