個別指導塾「森塾」などを運営する湘南ゼミナールが、塾講師の賃金に未払いがあるとして、昨年12月28日付で神奈川労働局相模原労働基準監督署から是正勧告を受けた。学習塾業界で慣行となっている報酬体系が問題を引き起こした格好だ。
学習塾業界では、講師が授業を行った時間に対してのみ賃金を払い、授業の準備などに費やした時間は労働時間に含まない「コマ給」という仕組みが一般化している。今回の湘南ゼミナールの問題は、学習塾業界全体へ大きな影響を与えることが予想される。
労働者が顧客向けのサービスに従事する時間以外に、社内の準備作業などに従事する時間も労働時間として賃金をもらえるのだろうか。どこまでが労働時間となるのかに関し、意外と企業も労働者も明確に意識していることは少ない。
そこで今回、労働事件を含め企業法務を幅広く手がけるセンチュリー法律事務所の佐藤宏和弁護士に話を聞いた。
–塾講師が授業の準備作業に費やした時間は、労働時間として認められるのでしょうか?
佐藤宏和氏(以下、佐藤) 労働者が使用者の指揮命令下に置かれているといえる場合は、準備作業中でも労働時間として認められます。授業を行うのに必要不可欠な準備作業であれば、塾の事務室でやるか自宅でやるかにかかわらず、その作業時間は労働基準法32条の「労働時間」にあたります。
–その根拠はどこにあるのでしょうか。
佐藤 平成12年3月9日の最高裁判所判例によると、「労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」もので、「労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(三菱重工業長崎造船所事件)としています。仮に使用者と労働者が「自宅での準備作業時間は労働時間に含めない」と契約書などで定めたとしても、あくまで作業が使用者の指揮命令下で行われているか否かで客観的に決まるということです。
どうすれば労働時間を証明できるか
–労働者が「指揮命令下」にあるかどうかは、どう区別すればいいのでしょうか。
佐藤 使用者から義務付けられた作業や、行わないと業務遂行が困難になるような作業であれば、使用者の指揮命令下にあるものと評価されます。