しかし先に見たように、魚沼産を含め「コシヒカリ」に対する包囲網は確実に狭まってきている。新潟県の農業関係者は「ここ数年の夏場の高温が、県内産の米の品質を確実に落としている」と語っている。また「このためとも考えられるが、魚沼地区を含めて胴割れ米が増えているようだ」とも話している。新潟県の米作関係者は危機感とまでは行かないが、緊張感をもって事態の推移を見守っているようだ。
対して、「米の新時代」の到来だと期待感を高めているのが、九州各県と北海道である。九州各県は暑さに強く、そのうえで味の良い品種の開発に力を入れてきた。一方、北海道は徹底的に味にこだわり、加えて耐寒性の強い性質の育種を図った。こうしたことが功を奏して、両地方ではこのところ相次いで特Aにランクされる品種を生み出すことに成功したのである。
●北海道の成功事例
なかでも北海道は、ことのほか意気が上っている。平成21年度から本格的栽培が始まったばかりの「ゆめぴりか」が、平成23年度、特Aにランクインしたからだ。「ゆめぴりか」は「夢」にアイヌ語の美しいを意味する「ぴりか」を合わせて命名された新品種で、北海道立上川農業試験場(現・地方独立行政法人 北海道立総合研究機構農業研究本部上川農業試験場)において開発された。
「ゆめぴりか」が育種されることになった理由について、道庁農政部関係者は次のように語る。
「道産米は品質の問題で低価格に甘んじてきた。ここへ来てようやく品質が上ってきて、コンビニや外食産業など業務用に相当量用いられるようになってきた。しかし道としては、こうした安くておいしい米だけではなくて、生産者の所得向上につながる高級ブランド米もつくりたいと考え、政策的に新品種の開発、植え付け拡大に取り組んできた」
「ゆめぴりか」は最初から食味、つまりおいしさ重視で育種された品種なのである。
開発のリーダーを務めたのは、上川農試水稲科長だった佐藤毅氏(現・同農試水稲グループ研究主幹)である。
「(ゆめぴりかは)平成10年ころから、当試験場で開発が始まった。本格的に植え付けられるようになったのが平成20年から。開発にあたり特に努力を要したのは、お米に含まれるアミロースという澱粉分子の含有率を、コシヒカリと同レベルまで引き下げられるかどうかという点。これが下がると日本人好みの粘りが出て、食味がよくなる。また仮に冷めても味が落ちない」(佐藤氏)
とはいっても食味がいかに良くても、寒さに弱かったり、単位あたりの収量が少なかったり、病虫害に弱かったりすると、農家に嫌われ栽培面積が広がらない。
「耐冷性を高めるために、寒さに強い銘柄である『おぼろづき』と同種の種と交配させるなどして改良していった。収量も相当あり、イモチ病にも強く、耐倒伏性も従来品種に比べ高い。イネの品種改良は1年1年が勝負で、10年以上かかるもの。『ゆめぴりか』も同様で、現在の形質にするのは大変でした」と佐藤は苦労を語る。
「ゆめぴりか」は「とにかくおいしい」ということで、道など行政機関、ホクレン(ホクレン農業協同組合)など生産者団体、それに米作農家の期待は高く、本格生産が始まった翌平成21年1月には、関係諸団体が「北海道米の新たなブランド形成評議会」を立ち上げ、ブランド米として育成する方針を明確にした。もちろん目指すは「コシヒカリを超える日本を代表するブランド米」であった。具体的には、アミロースとともに味の決め手となるタンパク質の含有量を一定水準以下のものしか出荷しない等々の全道の統一基準を設けた。
また、首都圏中心に積極的な広報宣伝活動も展開した。この結果、「ゆめぴりか」に対する消費者の認知度、評判は急速に高まりつつある。具体的成果としては、例えば全日空国際線(羽田発欧米路線)ファーストクラス、及びビジネスクラスの機内食として、期間限定ながら採用されたりしている。