今年、新型コロナウイルス感染拡大の影響で東京五輪に代表される多くのスポーツイベントが延期、中止などの影響を受けたが、それは音楽の世界でも同様だ。
ポーランドの首都ワルシャワで5年に一度開催されるショパンコンクール(正式名「フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール」)は、モスクワで開催されるチャイコフスキー国際コンクール、ベルギーで開催されるエリザベート王妃国際音楽コンクールと並ぶ世界3大コンクールの一つで、若きピアニストたちの登竜門といわれている。
日本人9人を含む19カ国74人の候補者が決まっていた、今年5月開催予定のエリザベート王妃国際音楽コンクール・ピアノ部門は、1年延期が決定。10月開催の第18回ショパンコンクールも日本人90人を含む過去最高の500人を超える応募者のなかから、書類とビデオ審査で予備審査に進む日本人31人を含む164人の候補者と、予備審査免除で本選(1次予選、2次予選、3次予選、ファイナル)に出場する11人の候補者がすでに発表されていたが、やはり1年延期と発表された。
発表はショパンの生家前の庭から世界にライブ配信された。
「ソーシャル・ディスタンスを保つうえで聴衆をどうするかも検討されましたが、やはりこの芸術にとって、聴衆とのライブのコミュニケーションは欠かせない。聴衆なしのコンクール開催はできないと判断しました。第18回ショパンコンクールが私たち全員の期待通りに行われ、何十年にもわたって築かれた偉大な伝統が続くことを確認するための努力は惜しみません。2020年から21年への移行をできる限りスムーズに実行できるよう力を尽くします」(フレデリック・ショパン研究所のアルトゥール・シュクレナー所長)
1983年創刊のピアノ音楽誌「月刊ショパン」の竹中郁恵編集長に話を聞いた。
「東京五輪も残念でしたが、ショパンコンクールは5年に一度なので、クラシック音楽のファンにとって、延期はショックだったと思います。主催するショパン研究所の会見では、2021年に延期して、次の第19回大会は予定通り25年に開催すると言っているので、もし来年も延期などになってしまうとどうなるんだろうとは思いますけどね。
表紙は毎号ピアニストの写真で飾るのですが、今年はコロナのせいで会えない状況で、6月号と7月号の表紙はイラストになりました。6月号から11月号まで6カ月ぶちぬきでコンクールの連載を企画していて、それがちょうどコロナと同じタイミングで……。中止など最悪の事態も頭をよぎりましたが、開催への期待を込めて、連載することにしました。
昨年10月には恩田陸さんの長編小説『蜜蜂と遠雷』が映画公開されたので、恩田さんにもインタビューさせていただきました。本来であれば、昨年の映画公開からの流れで、今年のコンクールに続けばよかったのですが。私も個人的にチケットを買おうとしましたが、ほぼ一瞬で完売してしまったので、残念ながら買えませんでした」
出場予定だった4人の日本人
小説『蜜蜂と遠雷』はS国際ピアノコンクールを舞台に、コンクールに挑む若きピアニストたちの葛藤と成長を描き、17年に直木賞と本屋大賞をダブル受賞した青春群像小説。映画化は不可能といわれたが、松岡茉優主演で昨年映画化された。今回のショパンコンクールで活躍が期待された日本人ピアニストが、映画と同様に下記の4人なのは、単なる偶然なのだろうか。
15年にファイナルまで残った小林愛実(24)。若き3人の天才ピアニスト牛田智大(20)、藤田真央(21)、反田恭平(25)。小林と反田は予備審査に進む164人に選出され、18年の浜松国際ピアノコンクールで2位の牛田は予備審査免除の11人に選出されている。19年チャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門2位の藤田真央も、応募していれば牛田同様に予備審査免除の12人目が確実だったが、忙しくてショパンコンクールの応募締め切りを忘れて出場を逃した。なお、選出メンバーの変更はなく、チケットも有効と発表されている。
もし今年、予定通りショパンコンクールが開催されていれば、特別な年となるはずであった。昨年は日本とポーランドが国交を樹立してからちょうど100周年に当たり、その記念イベントとして今年4月から「ショパン―200年の肖像」展が開催されることになっていたからだ。ショパン研究所の全面協力のもと、本邦初公開のショパンの自筆譜や手紙、美術作品など貴重な250点を展示する予定だった。
それもコロナの感染拡大で延期となっていたが、緊急事態宣言の解除を受けて6月2日~6月28日まで練馬区立美術館、8月1日~9月22日まで静岡市美術館で開催の運びとなった。コンクールの延期は残念だが、過去のショパンコンクールの映像や歴代ポスターも展示されるので、ショパンファン必見のイベントといえる。展示の最大の目玉は、ショパンの「エチュードOp.10-8」と「ポロネーズOp.71-3」の自筆譜だ。
まだ世界はしばらく「with コロナ」が続きそうだが、来年こそ「after コロナ」と晴れて呼べる年となることを祈ろう。
(文=兜森衛)