婚約者だったアイコさん(右)=仮名=
Iさんが働いていたのは、北陸地方にある自動車カスタムの専門店「Z」。もともと別の自動車関係の会社で働いていたところZ社の仕事を引き受けるようになり、Iさんの力量を知ったZ社の社長に引き抜かれた。引き抜きにあたって、Iさんのためにブースをつくるなどの用意もしたという。
コーティングや塗装の技術に優れたIさんが入社したことで、Z社は幅広く仕事を受注できるようになった。「何から何までカスタムできる会社は、この地方ではZ社のほかにはない」と、婚約者だったアイコさん(仮名)は言う。
専門誌が取材に来ることもあり、仕上がったカスタム自動車を景観のいいところに運んで写真撮影をしたり、特殊コーティングの職人としてIさんの技術が誌面で取り上げられたこともあった。
愛車の改造だけに、自動車オーナーが注ぎ込むお金も大きい。
「1台に1000万円くらいかけて、オーディオから全部替えて、ショーに出す車を作っていたりするから」とIさんの母が、教えてくれた。車体のコーティングだけでも15〜25万円ほどかかるらしい。
●完璧な仕上がり目指し、仕事終わらず
そんな世界だから、届いたパーツを取り付けて終了ではなく、1台1台、毎回異なる「一品物」を完璧に仕上げる。塗装やコーティングにほこりが1つついていてもダメ。「ちょっとほこりがついただけで、お客さんに指摘されちゃう」とアイコさんは話す。
自動車オーナーと相談しながら仕事を進めていくこともあり、1台を仕上げるだけでもかなりの時間がかかっていたらしい。
「追い付かないくらい本当にあったと思う。やっても終わらない。これが終わったら次」という状況だったとアイコさんが説明すると、母親も「それはよく言っていた」と言葉を継いだ。
●毎日午前1〜2時まで働き、残業は月100時間以上
その結果、死亡前6カ月の平均残業時間は、労基署が認定した分だけでも97時間に及んだ。終業が午前1〜2時になるのは当たり前で、午前4時を過ぎたこともあった。そして翌日は朝10時から働く。
死亡前の6カ月(134日)のうち、早退が1度あるほかは、日付が変わる前に仕事が終わったのが27日(20%)しかない。残りの107日(80%)は、午前0時を過ぎてからの終業だ。午前2時を過ぎた日は35日(26%)もあった。
カスタム自動車のイベントが近くなると、納車を間に合わせるために徹夜で作業することもあった。だが、これだけ働いていても、残業代は正規の計算ではなく、「特別残業手当」という名目で月1〜5万円程度が支給されるだけだった。
●メールが残っていなければ、労災認定はない
タイムカードのないZ社でIさんの長時間労働を証明したのは、Iさんが毎晩アイコさんに送った「仕事終わったメール」の送信時間だった。
死亡する年の3月、Iさんとアイコさんがそろって携帯電話をiPhoneに変え、それ以降のメールがすべて残っていたという。そして、それこそが、労災認定の決め手になった。