リオ五輪テコンドー制覇の陰で泣いた高校生
金2つを含むメダル5つの成績で、2016年リオ五輪のテコンドーを制した韓国。だが女子67kg級のオ・ヘリ選手が同競技2つめの金メダルを手にした8月20日、韓国国内ではテコンドーをめぐるもう1つのニュースが祝賀ムードに水を差していた。韓国第3の都市・仁川(インチョン)で開かれたテコンドー大会で、またしても八百長試合が発覚したからだ。
問題の試合は、高校生部門の準決勝。序盤からA君が積極的な攻撃で得点を稼ぎ、終了1分前には13対7で圧倒していた。ところが終了直前、A君側のコーチが白いタオルを競技場の床に置いて棄権を宣言。観客がどよめく異様な空気のなか、A君は審判から敗北を言い渡された。優勝したのは結局、A君に押されて敗退寸前だった相手選手だ。
のちにA君のコーチは相手側コーチと共謀して勝ちを譲ったことを認め、仁川市テコンドー協会から除名された。A君の父親はコーチほか仁川市テコンドー協会会長ら4人に告訴状を提出し、検察が捜査に乗り出している。
事件に対する韓国国内の反応は「またか」のひとことだ。高校生テコンドーで八百長というと、直近では13年のソウル市代表選抜試合が記憶に新しい。敗れた選手の父親が自殺したことから、連日各メディアのトップを飾る大ニュースとなった事件だ。この試合でもやはり5対1で優勢だった選手が、終了間際の50秒間で7つもの反則を取られて敗退した。自殺した父親はテコンドー道場を営んでおり、かねてから競技関係者の不正で心労を重ねていたらしい。1年強の捜査で組織的な八百長が明らかになり、ソウル市テコンドー協会専務、審判委員長、相手選手の保護者ら7人が業務妨害などの疑いで起訴されている。
14年にはこの件に関与した協会幹部の息子のいるチームが、テコンドーの八百長試合で勝利を収めていたことが発覚。その後も今年4月にソウル市テコンドー協会の前会長ほか、職員ら8人が八百長や虚偽の昇段審査で起訴されるなど、不正が尽きる気配はない。
八百長まみれの「四大プロスポーツ」
韓国にとって不名誉なことだが、こうした八百長はプロアマを問わず、それどころか中高生から小学生まで、あらゆる競技に蔓延する病理現象だ。リオ五輪の閉会から1週間後には、また「八百長」がスポーツ紙の見出しを飾った。今度はプロ野球チームNCダイノスのイ・テヤン投手に、八百長で有罪判決が下ったというニュースだ。
イ・テヤンは弱冠23歳の若手有望株。ブローカーと共謀し、昨年5月から9月にかけて故意に四球を出すなどして2000万ウォン(約190万円)を受け取っていた。量刑は懲役10カ月・執行猶予2年、追徴金2000万ウォン。この事件ではまたネクセン・ヒーローズのムン・ウラム外野手も、八百長に加担したとして摘発されている。24歳のムン選手は入団1年目のルーキーだ。そのほかプロ球団OBや社会人野球コーチがブローカー役を務めていたとされ、球界ぐるみの構図が見え隠れしている。
プロの八百長はもちろん野球だけではない。プロサッカーでは11年のユン・ギウォン選手の自殺に端を発する一連のスキャンダルが、アマチュアを含む選手58名の永久追放に発展した。野球、サッカーとともに韓国で四大プロスポーツに数えられるバレーボール、バスケットボールも大同小異だ。バレーボールは12年、選手とOBら16人が違法賭博サイトと共謀して八百長を行っていたことが発覚。なかには自ら賭博に参加し、1ゲームあたり1000~2000万ウォン儲けていた選手までいた。バスケットボールも13年にプロチームの監督が金銭を受け取って試合結果を操作していたことが発覚し、懲役10カ月の実刑判決を受けている。
小学生の不可解なプレーに観客が騒然
プロの場合はいずれも違法賭博との癒着が原因であり、似た事件は日本でも珍しくない。とりわけ韓国はプロ選手の収入が全般的に低く、最も人気のあるプロ野球で平均年俸が日本の3分の1レベル。ほかの競技では年俸2000万ウォン以下の選手も多い。困窮する選手たちにとって、八百長の金銭的な誘惑に負けるのは理解できる。
それでも不可解なのは、アマチュアも大学生から小学生まで八百長と無縁ではないことだ。05年には韓国の国営放送KBSが、高校生の野球大会で長期的・組織的な八百長が行われていると報道。11年には中学生の野球大会で、良心の呵責に耐えかねた審判が地方の野球協会ぐるみの八百長を内部告発した。
小学生の八百長事件で有名なのは、11年の全国小学校サッカーリーグ対抗戦だ。相手選手にわざとボールをパスするなど不自然な試合があり、観客から疑問の声が殺到した。のちに大韓サッカー協会の調査で、両チームの監督が共謀して試合結果を操作したことが判明。両監督に無期限資格停止、また双方の小学校チームにも翌年の出場資格取り消しなどの処分が下された。
エリート主義が生んだ「隔絶された世界」
プロの八百長問題が浮上するたび、専門家やOBらは「選手たちは小学生の頃から八百長に染まっている」と口を揃える。東亜(トンア)大学校生活体育学科のチョン・ヒジュン教授は、メディアの取材に対して「プロの八百長をなくすには、まず小学生の八百長をなくさなければいけない」とまで語った。
この背景にあるのは日本人と異質な韓国人のスポーツ観、そしてエリート選抜型の養成システムだ。韓国もプロスポーツや国家代表選手の育成が盛んだが、実際に自分でプレーした経験のある人は少ない。日本の中高校生が放課後の部活にいそしむ間、彼らは名門大学を目指して受験勉強に駆り立てられているからだ。
そうしたなかでスポーツに打ち込むのは、将来プロ選手や指導者として生計を立てる決心をしたひと握りのエリート志望生だけ。彼らは早くから一般大学を目指す子供たちと隔離され、専門の養成システムで特訓を受ける。そこはコーチや先輩の命令が絶対であり、一般常識は通用しない世界だ。こうして世間と隔絶したまま、体育大学、社会人と進んでいく。
もちろんプロや国家代表として成功するのはごく一部。大多数は後輩を育成する人生を模索する。だが上述の通り韓国はそもそもの競技人口が少ないので、指導者の働き口も十分ではない。そんななか先輩後輩の上下関係や学縁をたどって、あらゆる不正の口利きが横行する。
18年平昌五輪で「お家芸」は大丈夫か
たとえば前述した小学校サッカーチームの八百長も、監督同士が成績を融通し合った結果だ。小学校のチームでも指導するのは教師が兼任する顧問ではなく、雇われたプロの監督。チームの成績は監督の評価につながり、本人にとってそれはカネを意味する。だが一度くらい負けてもダメージのない状況なら、困っている他チームの監督に勝ちを売ったほうが儲かるという打算も成り立つわけだ。
冒頭のテコンドーの件も、恐らく同様の事情でコーチ同士が共謀した結果だろう。また同じく自殺者が出た件は、体育大学進学が絡んでいる。八百長で勝った選手の父親は、地方大学のテコンドー学科教授。息子の進学に大会での実績が足りないことから、大学の後輩と協会の人脈をたどって審判に圧力をかけていた。こうしたいわば裏口入学のための八百長も、日常茶飯事だ。
次のオリンピックの舞台は、いよいよ18年の韓国・平昌。ポスト・キム・ヨナが見つからない韓国にとって、頼みの綱はお家芸のショートトラック・スピードスケートだ。だがこの競技も例外ではなく、国内試合ではたびたび八百長が取り沙汰されてきた。国内スケート界との不和から韓国人エースが母国を捨てロシアに帰化し、ソチ五輪で金メダル3つを奪取した件も記憶に新しい。
一連の問題に対して韓国の専門家は、日本のスポーツ教育をモデルに挙げながら「エリート主義を脱して競技人口の裾野を拡大しなくてはいけない」と訴えてきた。だがスポーツ界の体質は変わらず、エリート主義のほころびだけが拡大しつつあるようだ。
(文=高月靖/ジャーナリスト)