研究現場には資金以外にも問題は山積している。このような状況が続けば、イノベーションの源泉となる基礎研究はいずれ枯渇してしまう。
今年度からはじまった第5期科学技術基本計画(16~20年度)でも、「科学技術イノベーション政策」を強力に推進することが示されている。一方、論文の質量双方の国際的地位低下も指摘され、基礎研究推進に向けた改革もうたわれている。科学研究の「失われた10年」をいかに挽回するかが、今問われているわけだ。
基礎研究のてこ入れとともに、これまで行われてきたイノベーション振興策の検証も必要である。というのも、官主導で行われるイノベーションが国の成長戦略に貢献した実例がみえてこないからである。
一般に、基礎研究が研究開発段階に移行するには、まず「魔の川」と呼ばれる関門を通り抜けなくてはならない。この段階で、ある程度の事業性が見込まれなくてはならない。研究開発の成果が得られても、それが事業化されるには「死の谷」と呼ばれる関門を越えなくてはならない。ここでは資金調達が大きな課題となる。商品やサービスが誕生した後は、競合他社との競争や顧客に受容されるのかという関門(=「ダーウィンの海」)である市場で、自然淘汰を生き抜かなくてはならない。
このようなひとつのフェーズから次のフェーズへと関門を突破しながら基礎研究を事業化させる方法論が、日本では受け入れられている。しかし、革新的なイノベーションを成功させる道筋は、こうした「多段式ロケット」方式だけだろうか。
ブレークスルーが次々と登場する米国
生命科学分野での米国の事情をみてみよう。米国では、この分野の基礎研究で何かブレークスルーがあると、すぐにベンチャー企業が生まれるのが普通である。1本の論文がベンチャーにつながることもあり、ベンチャーはまさに研究室で誕生している。バイオテクノロジー勃興期には、遺伝子組み換え技術を用いた医薬品を狙うベンチャーが多数出現した。その後も、クローン技術、ゲノム解読技術、ES細胞、iPS細胞、そして最近のゲノム編集技術と、生命科学の分野ではベンチャーを生み出すブレークスルーが次々と登場している。
これらのベンチャーの多くはその後姿を消しているが、ダーウィンの海で生き残った企業も少なくない。現在有数のバイオ企業に成長したバイオジェン社はその典型的な例である。もともとは1978年に、ウォルター・ギルバート(80年ノーベル化学賞受賞)とフィリップ・シャープ(93年ノーベル医学・生理学賞受賞)たちが創設した企業である。