大手新聞社長、不倫もみ消すために海外へ飛ばした愛人帰国で戦々恐々!?
表向き、村尾は神楽坂から引っ越す理由について「社長ポストにふさわしいところに住むため」と説明していた。しかし、本当は、帰国する由利菜に玲子との関係を悟られないようにしたかった。選んだのが、シスレー・タワー二番町のペントハウスだった。ベッドルームが3つあり、村尾は内心、2人と寝るベッドルームを別々にできる、と思ったのだ。
「俺は社長だ。2人の女との関係がばれれば、大スキャンダルになる。以前とは違う」
記者としての実績がまったくなくても、村尾は業界第3位の大手新聞社長である。以前は話題性に乏しかったが、社長になった今は週刊誌なども取り上げる可能性がある。
玲子との関係は日亜社内でも知っている者は皆無に近かったが、由利菜との関係は公然の秘密に近かった。だから、村尾は引っ越しを機に、同棲はやめようと思っていた。実際に、村尾が二番町に引っ越すと、玲子は荷物を自分の広尾のマンションに移した。
「気が向いたら私のところに来てもいいわよ」
玲子はそう言っただけで、新しいマンションを見たいとも言わなかった。その時、村尾は「残るは、帰国した由利菜を宥めればいいんだ」と自分に言い聞かせた。しかし、それが厄介なことは本能的に感じていた。
玲子は物静かな印象を与えるが、黙って微笑んでいることが多く、腹の底で何を思っているのか、わからないところがある。よくいえば神秘性のある女となるが、取材力のある記者なら、心の内を読もうとして、注意深く付き合うはずだ。
村尾はそうした能力に欠けており、単純にその神秘性に惹かれていた。しかも、何も言わずに微笑んでいることを理由に、勝手に「俺にぞっこんだ」と思い込んでいる。
由利菜も日亜社内では口数が少なく、おとなしい記者とみられている。だが、男女の仲になった相手には言いたいことをはっきり言うタイプで、悪く言えば「わがまま女」なのだ。
由利菜となかなか別れられないのは、そこに惚れているためでもあったのだが、村尾が「由利菜は厄介でも裏表がなく、警戒する必要がない」と思うことはなかった。
「とにかく、問題は由利菜だ。今の調子なら、由利菜がニューヨークの荷物を運びこむのは止めようもない。そうなると、厄介だ……」
ベッドに寝転び、追想にふけっていた村尾に、差し込むような腹痛が襲った。
「イテッテテ」
村尾は顔をしかめ、うめき声を発した。しばらく腹部を自分でさすっていると、痛みは遠ざかり、再び村尾は追想の世界に戻っていた。
「玲子とのことは噂になったことすらない。だから、仮に同棲を続けても心配はいらなかった。でも、由利菜との関係は、社内でも周知なことになりつつある。過去に3回、ヒヤリとしたことがあったしな」