航空機メーカーはAI(人工知能)に民間航空機の操縦を任せようと研究を始めている。すでに世界的なパイロット不足に直面してエアバスとボーイングは2025年にパイロットの数を減らしたかたちでの就航を目指していることは、私がこのコラム(1月19日付記事)で明らかにしている。コックピットに1 人だけの乗務という大合理化計画であるが、その先に検討されているのがAIによる操縦で、究極の目標となっている。
そこで今回はAIがパイロットに取って代わって民間航空機を操縦することは果たして可能なのかどうか考えてみたい。
メーカーがAIによる運航を目指す動きは、一例としてエアバス参加のベンチャーキャピタル(VC)の米国エアバス・ベンチャーズなど9社が、東大発ロボットベンチャーのテレイグジスタンスに20億円程度を出資している。同社は視覚や触覚をパイロットと共有できるロボットを開発していて、将来航空機を無人で操縦する自動システムの開発につなげる狙いがあるとされている。
AIが代行できる仕事とは
ここで、AIが人間に代わってできる仕事を再確認してみたい。近年、AIが人間の持つ能力に対してそれを超えるかのような出来事が将棋や囲碁の世界で起き、多くの産業でいずれはAIが人間の行う仕事を奪ってしまうのではないかとの議論が展開されている。しかし、人間の持つ認識には五感(視覚、聴覚など)だけでなく、勘と呼ばれる第六感などの感覚による判断力なども含まれ、それらをすべて数式化できない以上、AIが人間に取って代われる仕事も制限されることになる。
近年AIを利用した仕事では、畑を耕すトラクターや自動草刈り機の開発などによる農業の無人化が注目されているが、将来AIによってなくなる仕事は限りなく増えていくとも予測されている。
この点について、英オックスフォード大学の研究チームは10~20年後に残る仕事、なくなる仕事を分離しているが、AIによって代替されやすい仕事の共通点に、仕事がマニュアル化しやすい、つまり決められたルールに従って作業すればいいことを挙げている。そして702種に分類したアメリカの職業の約半数が消滅し、全雇用者の47%が職を失う恐れがあるとしている。
一方で残る仕事としてレクリエーション、療法士、機器の整備・設置・修理の第一線監督者、危機管理責任者、メンタルヘルス・薬物関連ソーシャルワーカー、消防・防災の第一線監督者などトップ25を表にしている。この中には具体的にパイロットは明示されていないものの、危機管理や消防・防災に関係するので含まれていると解釈しておきたい。
AIでは到底カバーできない航空トラブルの数々
では、パイロットの仕事をAIが代行できるのか、2件の実例をもとに検証してみることにしたい。
最初に取り上げる例は多くの方々に知られているあの「ハドソン川の奇跡」である。映画にもなったこの事故は、2009年1月に冬のニューヨークでUSエアウエイズのエアバスA320が両方のエンジンに鳥が入った結果、どこの空港にもたどり着けずハドソン川に不時着水したものである。
すべてのエンジンが不作動になったときの滑空距離などのデータはマニュアルの中にないために、当該機のサレンバーガー機長は、推力を失い落下していくコックピットの窓から見える近くの空港や景色の変化を五感によってとらえ、ハドソン川への着水しかないと判断したものであった。
上昇中高度約1000メートルでバードストライクに遭遇してから着水までわずか3分半、一刻の猶予もなかったこの事故を検証すると、管制官がアドバイスした出発地のラガーディア空港に戻ろうとした場合、最終的に空港までたどり着けず、手前のニューヨークの市街地に墜落したと推定された。
では、この事故をAIならどう処理しただろうか。
AIはあらかじめ計算できるデータが入力されているという前提で答えを出してくれる。しかし、このトラブルは2基あるエンジンすべてがバードストライクによって推力を失い、グライダーのように滑空していくものである。滑空距離は、トラブル発生時の高度やフラップ等の機の諸元や吸い込まれた鳥の大きさや数によるエンジンのダメージによっても異なり、それらをデータ化するのは不可能といえる。
そもそも航空機のメーカーは、すべてのエンジンが同時に停止するという事態は想定せず(実際には鳥や火山灰を吸い込むという事故が発生している)、マニュアルにも滑空性能表などは含まれていない。メーカーはひとつのエンジンが不作動でも残されたエンジンで飛行できるとするのが限界で、それを超えるトラブルまでは保証しきれないという立場なのである。
したがって「ハドソン川の奇跡」のようなトラブルに対しては、あらかじめデータ化したものを入力してAIに読み取らせることができないのである。
ナビの画面が凍りつく
次の例は私自身が経験した緊急事態である。
2009年6月19日、ハイテク機のエンブラエル170を操縦して福岡から静岡空港に向けて進入中に、ナビの情報がすべて得られないという状況に陥ったのである。ハイテク機のグラスコックピットには、機長席と副操縦士席の前にそれぞれMFDと呼ばれる液晶パネルがあり、通常ナビの画面として使用されて刻々と変わる航空機の位置情報と目的地までの航路や方位などの情報が表示されている。トラブルは空港まであと15分、伊豆半島の西側海上を降下中に発生した。突然両方のナビの画面が凍りつき、自機の位置を知ることもできなくなったのである。
一般の方もPCで画面が凍りつきマウスを使っても画面が動かなくなった経験があるだろう。それと同じで、ナビ画面を操作するとCDUというユニットを操作しても反応がないのである。いろいろな方法で復活させようとしても状況は変わらず、そうしている間にも機は時速450キロの速度で移動していく。
私は副操縦士にナビの復活を任せ、管制官にレーダーで機の位置を把握してもらい、自らは頭で描いた待機経路を高度2000メートルでぐるぐると旋回することにした。海上で外の景色も見えない状況であったので、もしそのままナビが使えないのであれば静岡空港への着陸をあきらめ管制官に名古屋空港近くまで誘導してもらい目視で着陸しようと考えていた。そうして3回ほど自分で描いた待機経路を旋回するうちに、副操縦士が福岡空港からのデータをすべて打ち込むことによって画面が再度動き出し、無事に着陸を果たすことができた。
しかし、そのようなナビの復活方法はマニュアルのどこにも記載されておらず、当該副操縦士の勘に頼った結果であった。このようにナビ画面がすべて使えなくなるというトラブルはJALグループでも初めての出来事で、のちにメーカーが検証してもついに原因はわからないままとなった。
現代のハイテク機のナビはすべてコンピューターとそれを動かす電気系統で作動するもので、電気系統の故障はその固有のトラブルや落雷によっても引き起こされることを考えれば、私が経験したようなナビのトラブルは誰にでも起こりうるものであろう。そうしたときにAIはどのように危機を回避して安全に機をどこかの空港に着陸させることができるのであろうか。AIが操縦して着陸させることは理論的にありうるのかもしれないが、それはナビや計器に大きなトラブルがないことが前提だろう。
すべてをマニュアル化するのは不可能
以上、2つの例だけを見てもAIを使ったロボットによる操縦はマニュアルの想定外の事態には対応できないとおわかりいただけるだろう。加えて、地上からの遠隔操縦も、すでに実用化されている軍用機のようにシステムを構築すれば技術的に不可能ではないであろうが、例として挙げた想定外のトラブルには対応できないであろう。
軍用機の場合、仮にトラブルが発生して墜落しても航空機側には人的被害はない。しかし民間機事故の場合はそうはいかないだろう。どんなトラブルが起きても常にどこかに安全に着陸させなければならないのだ。そして車や電車のように地上の乗り物であれば一旦停止させて有効な対処法を考えればいいが、航空機の場合3次元の空間を高速で移動しているので、そのようにもできない。
例に挙げたような想定外のトラブルの場合、何が起きたか地上ですべて把握できない。地上から常に機を遠隔操作しようとするのであれば、操作する多くの優秀な人材を地上に配置する必要がある。それではコックピットからパイロットを降ろすメリットがなくなってしまうのではないか。
私の考えでは、AIがパイロットにとって代わるとすれば、トラブルのない通常操作か想定しうる緊急事態にマニュアル化された方法で対応するかたちしかない。そして電気系統のトラブルはすぐに解消されるという保証も必要だ。そうなってくると、AIによる航空機の操縦は、想定外のトラブルが起こった航空機に乗り合わせた乗客には「運が悪かった」と納得してもらうことが条件となるであろう。
そして機長と副操縦士の2人が乗務する現在の航空機でも、メーカーはこれと同様の考えで設計されているのである。つまり、安全とは費用対効果で考えられ、トラブルが想定できていても、すべてに対応したマニュアルがつくられているわけではないのである。
大手金融機関UBSのアンケートによると、パイロット1人だけの航空機でも「乗ってもかまわない」と答えた人は、全体の13%であったが、パイロットがいなくなった航空機に乗ってもかまわないと答える人は、どのくらいになるのであろうか。聞いてみたいところである。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)