いよいよ最終回を迎える大人気ドラマ『半沢直樹』(TBS系)で、主人公・半沢直樹(堺雅人)の宿敵である東京中央銀行の取締役・大和田を演じる香川照之(54歳)は、1988年に東京大学文学部社会心理学科を卒業している。
1989年の俳優デビュー当初は、両親が著名俳優であることと(父親は当時の市川猿之助、母親は浜木綿子)、東大卒であることが話題になりがちだった香川だが、いつの間にか、その傾向は希薄となった。これは、香川照之が出自や学歴を抜きに、俳優として確固たる地位を確立したからだろう。
『半沢直樹』の放送中は毎回、香川の怪演がSNSで話題になったが、実は香川は過去の作品でもインパクトのある強烈な役を演じることが多く、それが彼の大きなセールスポイントになっている。
たとえば、山下智久が矢吹丈を、伊勢谷友介が力石徹を演じた、映画『あしたのジョー』(監督:曽利文彦、2011年)では、原作劇画の丹下段平のビジュアルを完コピし、「立て、立つんだジョォォォー!」と、アニメ版の段平を彷彿させる芝居を見せている。
また、映画『カイジ 人生逆転ゲーム』(監督:佐藤東弥、2009年)では、主人公・カイジ(藤原竜也)の敵役である帝愛グループの最高幹部・利根川 を、西島秀俊主演の映画『クリーピー 偽りの隣人』(監督:黒沢清、2016年)ではタイトルバックであるアブノーマルな隣人役をケレン味たっぷりに演じてみせた。
さらに香川はNHK Eテレで『香川照之の昆虫すごいぜ!』という冠番組を持ち、カマキリを模した着ぐるみを着て「カマキリ先生」なるキャラクターに扮して毎回出演している。キワモノ的な役のオファーが来ても断らない……むしろ、積極的に受けて、その都度エキセントリックな芝居を見せているのではなかろうか。
だが、実はこれは香川照之に限った話ではない。「東京大学出身」という経歴を持った俳優は、なぜか揃いも揃って、“怪演を求められる役を演じる機会が多い”という不思議な傾向があるのだ。
成田三樹夫と天本英世は銀色の顔で宇宙人“母子”を演じる
『仁義なき戦い』シリーズなど東映実録やくざ映画には欠かせないバイプレイヤーで、松田優作主演のテレビドラマ『探偵物語』(日本テレビ系)でも知られる成田三樹夫(1990年に逝去)は、“東京大学中退”という経歴を持っていた。大映出身の成田はもともとニヒルな二枚目役も演じていたが、キャリアを重ねるとともにクセのある悪役が増えてくる。特に東映に主戦場を移してからは、その個性が遺憾なく発揮され、狡猾な悪役を十八番とした。
また、当たり役といえるのが、時代劇映画『柳生一族の陰謀』(監督:深作欣二、1978年)で演じた、“公家にして剣豪”という設定の「烏丸少将文麿」役だ。典型的な白塗りの公家メイクで、「●●でおじゃる」と話すキャラクターは、成田のためにあるような役だった。
さらに成田は、『宇宙からのメッセージ』(監督:深作欣二、1978年)では、なんと地球外生命体を演じた。この作品は、『スター・ウォーズ』シリーズの第1作『スター・ウォーズ』(のちに『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』に改題)の全米公開から日本公開までのタイムラグ(約1年もあった)に、ブームに便乗するかたちで日本でいくつか公開された、“スター・ウォーズみのある作品”のひとつ。
惑星ジルーシアを軍事的に支配したガバナス帝国と、地球連邦軍の退役将軍(ヴィック・モロー)、ガバナス帝国の正当な皇位継承者(千葉真一)、宇宙暴走族の若者(真田広之)ら8名の勇者が戦うというものである。大宇宙が舞台だが、日本語が共通言語になっている。
この作品で成田は、ガバナス帝国を率いる悪の皇帝「ロクセイア12世」を見事に演じきった。顔を銀色に塗り、左右に3本ずつ角の付いたカブトをかぶり、真紅のマントを翻す。1人称は「世」。「ハハハハハハッ」と甲高い声で笑う。現在でもカルト映画として国内外のマニアの支持を集めている『宇宙からのメッセージ』は、ロクセイア12世の濃厚な存在感を抜きしては語れないだろう。
一方、ロクセイア12世の母親「大公母ダーク」を、同じく銀色のメイク、巨大な付け鼻、銀髪のカツラをかぶって演じたのは、東京大学法学部政治学科を中退した天本英世(2003年に逝去)だ。万が一の誤解がないように確認しておくと、天本は男性である。つまり、東大中退俳優のこの2人が、銀色の顔で地球外生命体“母子”を演じていたのである。
天本といえば、身長180cmと大正生まれにしては突出した長身で、不気味な雰囲気を漂わせる怪優として映画界、テレビ界で重宝された人物。悪の組織の幹部、怪人物、マッドサイエンティストなどの役が多く、普通のサラリーマン、平凡な家庭のお父さんなどを演じることはほとんどなかった。
『仮面ライダー』(TBS系)の「死神博士」役が有名だが、ほかにも『変身忍者嵐』の「大魔王サタン」役、『小さなスーパーマン ガンバロン』の「ワルワル博士」役、『星雲仮面マシンマン』の「プロフェッサーK」役など、特に特撮番組に不可欠な俳優だった。
さらに天本はキノコも演じた……? カルト映画『マタンゴ』(監督:本多猪四郎、1963年)は、無人島に漂着した若者たちが飢えに苦しみ、怪しいキノコ「マタンゴ」を食べることで、やがて人間とキノコがミックスしたような“第三の生物”に変異していくという物語だ。この作品で天本が演じたのは、その変異の過程にあるキノコ怪人の役だった。
平田昭彦、東大から巨大商社を経て俳優に転向するも、演じる役は怪人
天本英世は「ゴジラ」シリーズにも何本か出演しているが、その第一作『ゴジラ』(監督:本多猪四郎、1954年)で、酸素破壊剤「オキシジェン・デストロイヤー」を発明する「芹沢博士」をアイパッチ装着で演じた平田昭彦(1984年に逝去)は、1950年に東大法学部政治学科を卒業している。大学卒業後に東京貿易(現・三菱商事)に入社するが、映画界へのあこがれが強く、のちにニューフェイスとして東宝入りしたという経歴がある。
知的で温厚な人物を演じることもある平田だが、一方でインテリやくざや謎の殺し屋など、怪しいキャラを演じることもしばしば。その極めつけが、特撮ドラマ『愛の戦士レインボーマン』(NET=現テレビ朝日系)に登場する悪の組織「死ね死ね団」のリーダー「ミスターK」役。平田はこの役を白髪&サングラスで、なんとも胡散臭く演じた。
渡辺文雄、電通入社後にスカウトされ俳優デビュー
晩年は『おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)にコメンテイターとして出演していた渡辺文雄(2004年に逝去)は、1954年に東京大学経済学部を卒業し、大手広告代理店「電通」に入社している。ところが、クライアントである松竹にスカウトされて、社業の一環として俳優デビューすることに。以後、立て続けに映画に出演し、演技者として評価が高まることで電通を退社して俳優業に専念した……という異色のキャリアを持ち主だ。
若い頃は大島渚作品の常連だったが、やがて、東映で数多くのやくざ映画に主に悪役として出演。悪賢い組幹部、インテリやくざを得意とした。やくざ映画が下火となったあとも、渡辺の仕事は途切れなかった。
東映のポルノ路線作品に連続出演。さらに、梶芽衣子主演の『女囚701号/さそり』(監督:伊藤俊也、1972年)では、サディスティックな面を持つ刑務所の所長を演じ、ガラスの破片で目玉をえぐられている。また渡辺は、表向きは厳粛な雰囲気ながら、実は裏で風紀が乱れに乱れた修道院を描いたカルトムービー『聖獣学園』(監督:鈴木則文、1974年)で、修道女たちを好き放題するセクハラ司祭を演じた。
やくざの親分や悪代官を演じ続けた東大出身俳優たち
ほかにも、なぜか悪役俳優には東大出身者がゴロゴロしている。神田隆(1986年に逝去)、田口計(87歳)、南原宏治(2001年に逝去)がこれに該当する。パッと顔が頭に浮かばない方も多いかもしれないが、それぞれの名前をググってみると、昭和生まれの方なら「ああ、あの人ね」と思っていただけるハズ。彼らはいずれも、悪代官、悪徳政治家、腹黒経営者、やくざの親分などを何十回、何百回と演じてきた東大出身(南原は中退)の名悪役なのである。
それにしても、東大出身俳優はなぜ、悪役、敵役、怪人物役を怪しく演じる機会が多いのか? これは、日本の映画、演劇界の大いなる謎だといえよう。