先日、X(旧Twitter)において、ある数学者による難関大学受験の数学学習法についての以下の投稿が注目を集めた。
<高校数学で、自称進学校のトップ達は情報不足ゆえに肩に力が入り難問に時間をかけて取り組んでしまい、その結果、演習量不足に陥ります。一方で、灘高生は、実は高3でも標準問題+αばかりを大量に解いており、そのことはあまり世間では知られておりません。東大入学後に灘の友人達から聞きました>
この投稿に対しさまざまなリプライがついているが、はたしてこの指摘は正しいのか。 大手予備校・代々木ゼミナールで数学科講師を務める岡本寛氏に聞いた。
取れる問題を確実に取るために、演習量を積み上げることは正しい
まず、上位大学に合格する力をつけるには標準問題+αの大量訓練が必要という指摘について、「基本的には正しい」と岡本氏は留保付きながら肯定する。
「『難問にとらわれず問題量を積み上げる』という一面では正しいといえるでしょう。ただし、問題は『標準問題』という言葉の中身です。灘高の生徒はポテンシャルが高いので、彼らにとっての『標準問題』は一般的なイメージのそれとは異なるでしょう」
当該投稿のツリーには「標準問題というのは、教科書の章末問題や、北大・九大・東北大・神大・信大・筑波・都立の入試問題」とある。これら上位国公立大学の問題は、難問ではなくても相当のレベルとはいえるだろう。
「実際、東京大学の理系学部の数学は必ずしも難問を解かなければ合格できないというわけではありません。たとえば1つの問題で3つの設問がある場合、1、2問目は標準的な難易度で、3問目が難問だったりします。この場合は、演習量を確保して1、2問目を確実に取れれば御の字です。標準という言葉はさておき、『難問以外の取れる問題』を確実に取っていけば十分に合格可能です」
どうやら、レベルが高い学生=難問が解ける学生というわけではないようだ。奇しくも一般社会がそうであるように、失敗しないことも優秀さのうちで、そのための力をつけることがまずは大事になってくると理解すべきだろう。
上位校受験数学突破に必須の「基礎力・応用力・実践力」とは?
演習量の確保以外に、そもそも上位校を受験する際の「正統派」数学学習法とはどのようなものだろうか。岡本氏は、必要なのは「基礎力・応用力・実践力」の3点に尽きると強調する。
「基礎力とは、平たく言えば基本的な解法を覚えることです。よく『暗記式の勉強では力がつかない』といわれたりしますがそれは逆で、まずは覚えるべきことを覚えるのがスタート。イメージでいうと、偏差値60くらいまでの大学受験は暗記力が問われます。
応用力は、基本的な解法を組み合わせて解く力です。たとえば野球の大リーグで活躍する大谷翔平選手であっても、やっている練習の1つ1つを取り出せばキャッチボールだったり素振りだったり、それ自体はリトルリーグの子と変わりません。それらを高度に組み合わせて力を発揮できる応用力が卓越しているからこそ、彼は超一流なのです。
最後の実践力は、すなわち計算力です。上位理系大学の難しい問題に対して、スマートな解法は知らなくても、試行錯誤して強引に解き切る計算力を持つ生徒が合格することは珍しくありません。泥試合であっても勝てばよいわけですから。逆にやり方は正しくても、計算ミスで正解を逃がす生徒は多くいます。量をこなして、計算力を身につけ、計算スピードを上げることが最後の最後でモノを言います」
上位校であれば問題の「難易度」に大きな違いはない。あるのは「形式」の違い
どうやら、上位校の受験数学については「量こそ力」という側面があることが見えてきた。さらに学習法を精緻に考えるにあたって、国立文系・理系、および上位私立理系の各大学群における問題の性質や難易度に違いはあるのか、という点は気になるところだ。
「これは特に大きな違いはないといえます。受験問題はどの大学であっても、数学科の先生が作っていますからそんなに変わりません」
ただし性質は違わなくても、問題の形式には多少違いはあるという。
「京都大学の理系数学は、東大と違って、部分点のつけ方が割とおおざっぱと思われるので多少クセがあります。東大が1〜3点刻みで部分点をつけてくれるとすれば、京大は5〜10点刻みくらいのアバウトさを感じるので、取るべき問題を取れなかったときのダメージは大きくなるかもしれません。とはいえ、受験生がやるべきことは東大でも京大でも変わりません。早稲田大学・慶應義塾大学の理系数学でも、難易度の高い問題は出題されています。ただし東大・京大・東工大よりは設問の数を多くして、取れる問題はここですよ、とわかりやすく示してくれている印象です。
近年、特に人気化している難関校といえば医学部ですが、大学受験の最高峰である東大理三や京大医学部とそれ以外の医学部、あるいは上位国立理系ではさすがに違いはあります。たとえば、東大理一、理二(農学部・薬学部・工学部・理学部など)なら満点のうち6分の2程度で合格できるが、理三だと6分の4以上は解けないと合格できないというくらいの差はあるので、難問対策も必須になります」
医学部は地方国公立大学でも難関だが、とはいえ国公立大学の総合大学の2次試験は工学部や理学部などと問題はほぼ同じ。問題がさほど難しくないので医学部受験者の間では点差がつきにくく、他の科目や共通テストの得点が決め手になるという。数学だけでなく、全科目で90点以上を取るオールマイティな力が求められるのだ。
最後に、岡本氏に受験に臨む生徒と保護者に向けてのメッセージを寄せてもらった。
「ご存じの通り、世の中不公平なことは多いのですが、そのなかで大学受験は公平な方だと思います。『負けに不思議の負けなし』という言葉があるように、努力をしなければ合格することはありません。とにかく、基礎力・応用力・実践力を身につける学習を積み重ねることですね」
(文=日野秀規/フリーライター、協力=岡本寛/代々木ゼミナール数学科講師)