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「千円の2割引き」解けず…大学生の数学の学力低下が深刻、実社会で被る不利益も

取材・文=昌谷大介/A4studio、協力=坪井俊/武蔵野大学工学部教授
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「gettyimages」より

 近年、小学校の算数レベルの問題を解けない大学生が増えているという声が聞かれるようになった。直接的に大学生の数学の学力低下について言及したものではないが、少し前に大学の非常勤講師をしていたという人がX(旧Twitter)上に投稿した内容が一部で話題を呼んだ。それによれば、ある大学で学生の学力把握のために初回講義で簡単なプレテストを実施したところ、「1000円の2割引きはいくらですか」という問いに答えられない学生が多数いたというのだ。解答のなかには、「1000−2=998円」「1000÷2=500円」といった驚くべき誤答もあったとのこと。このほか「時速4kmで2時間進むと、何km進みますか」という問題では、多くの学生が「はじきを忘れたので、解けません」として答えられなかったという。

 本当に現在の大学生のなかには、小学生の算数の問題も解けない学生が多いのだろうか。また、数学の学力が低下した原因とは何か。2009年から11年まで社団法人 日本数学会の理事長を務め、12年から16年まで東京大学大学院 数理科学研究科で研究科長を務めていた坪井俊氏に話を聞いた。

そもそも「割引」の意味がわからなかった?

 大学生の数学の学力が低下しているというのは事実なのだろうか。

「確かに事実としてあると思います。『1000円の2割引きはいくらですか』という問題を正解できない大学生は、山のようにいるでしょう。ただ、『小学生レベルの計算ができない』というよりは、『問題の意味を正確に読み解けていない』という理由が大きいように感じます。その問題を間違えた学生は、そもそも『割引』という意味がよくわからなかったのではないかと思います。たとえば誤答した学生たちに『1000-1000×0.2』と出題し直せば、大半の学生が『800』という正解を出せたでしょう」(坪井氏)

 もちろん、東京大学や早稲田大学、慶應義塾大学をはじめとした高偏差値の難関大学の学生もいれば、偏差値40台といった大学の学生もおり、また理系学部の学生か文系学部の学生かでも大きく違うため、「大学生」とひとくくりにはできない。

「大学の偏差値の高低と数学の学力の高低は比例する傾向はあるでしょうが、東大や早慶の学生の全員が『1000円の2割引はいくらですか』という問題に正解できるとは限らず、なかには間違えてしまう学生もいるかもしれません。いわゆる受験勉強一筋でやってきた学生のなかには、文章を読む力がいまいちで、割引、割合、平均などの意味がわからないまま難関大学に合格したという学生がいても、おかしくはありません」(同)

 ただ、坪井氏によると「大学生の数学の学力低下は今に始まったことではない」という。

「私が以前、理事長を務めていた日本数学会では、11年に約6000人の大学生を対象に『大学生数学基本調査』を行いました。大学生全体の実態を把握するため、さまざまなレベルの偏差値の48大学90クラスの学生に、小・中学校、および高校の数学Iの出題範囲のテストを行ったのです。このなかで、平均の定義とそれに関する初歩的な推論を求める小学6年生の履修範囲の問題の正答率は76.0%。つまり大学生の約4人に1人が平均の意味を正しく理解していないという結果でした。特に偏差値が低いほうの大学の学生では、半数近くが不正解になっていました」

1990年代初頭から数学の学力低下が問題視

 昨今は少子化が進み、定員割れを起こしている大学も少なくなく、「大学全入時代」ともいわれている。学力が低い若者も簡単に大学生になれてしまうという背景も無関係ではなさそうだが、偏差値が高くない大学の学生だったとはいえ、半数近くが小6の問題を間違えていたというのはなかなか驚きの結果だ。

「もともとこの調査を行ったのは、日本数学会で会員や大学教員を対象としたアンケートで『論理的文章を理解する力、論理を組み立て表現する力が学生から失われつつある』と危惧する声が多数挙がっていたことがきっかけでした。そして12年にこの調査結果を発表し、明らかになった問題点をふまえ、まず中等教育機関に対しては、『充実した数学教育を通じ論理性を育む。証明問題を解かせる等の方法により、論理の通った文章を書く訓練を行う』ことを提言しました。また、大学に対しては『数学の入試問題はできるかぎり記述式にする。1年次2年次の数学教育において、思考整理と論理的記述を学生に体得させる』という提言をしていました」(同)

 実は、大学生の数学の学力低下傾向が見え始めた時期を探ると、さらに時代を遡ることになるという。

「1990年代の初頭からすでに、大学1年次の数学の学力低下が問題視されていました。原因は80年代に学習指導要領が改訂され、それ以前より内容がやさしくなった部分や学ばなくていい範囲ができたことにあると考えています。改訂された学習指導要領で90年代に学生時代を送ってきた人たちがいま、30代、40代になり、指導する側になっています。そういった背景もあり、いまの教員は自分の数学の学力に確固たる自信を持って指導している人が減ってきているように感じます。そして、学生が何か質問してきたとしても、学生の疑問をきちんと解消できる説明ができていないといったケースも、少なくないのかもしれません。ですから学力低下の問題が表面化してきた90年代初頭から比べても、現在の大学生全体のレベルはさらに落ちてしまっているのではないでしょうか」(同)

数学の学力が低いまま社会に出ることの弊害

 ここで、大学生の学力低下を別軸で遡って考えるべく、近年の小学生の算数の学力について触れておこう。今年4月に行われた小学6年生と中学3年生を対象とした「全国学力・学習状況調査」の結果を、7月に文部科学省が公表し、小6が三角形の面積、基本問題で正答率が21.1%だったということが大きくクローズアップされた。現在の小学生の算数のレベルも下がっているとすると、このまま大学生の数学の学力低下にも歯止めがかからない可能性は否定できない。そして、数学の学力が低いまま社会に出てしまうと、なんらかの弊害が伴いそうである。

「1000円の2割引きがわからなくても、そこまでの実害はないでしょう。もし、急に何かの計算をしなくてはいけない状況になったとしても、スマホに電卓アプリも入っていますから、表だって困ることはほとんどないと思います。ただし表面化していないだけで、不利益をこうむってしまうということは、かなりあるような気がしています。

 数学を学ぶことは、論理的な思考力を育むことでもあります。ですから、数字が関係ない日常生活の場面でも数学の学力が高い人ならば、何か問題に直面したときにも、どういう原因があるのかということを的確に読み取り、建設的に解決策を導き出していけるものです。逆に数学の学力が低い人は、論理的な思考を放棄してしまって、どうすればその壁を乗り越えられるかと考えられなくなってしまうかもしれません。そのように数学の学力が低いことで起こる不利益や弊害は、表向きにはわかりづらいところで出てきているのではないでしょうか」(同)

 では算数・数学の学力の低下問題は、どうすれば解決できるのだろうか。

「先ほどお伝えしたとおり、現在の教員が自身の数学の学力に自信を持てていないという問題もあるので、数学の訓練をきちんと受けた教員を増やしていく体制を整える必要があります。また、小・中・高の授業で、1人の教員が1クラス30人の生徒を指導するという形式に限界があるように感じます。30人もいると、ひとりひとりの疑問を丁寧に解消していく余裕はないはず。ですから1クラスの人数を20人ぐらいまで減らすことや、もしくは1クラス30人に対して1人の教員だけでなく、もう1人教えられる助手のような人員を配置するといった対策をしていくべきでしょう。

 また、高校の段階で文系・理系と分けるのもやめたほうがいいと個人的には考えています。日本の高校では文系・理系で分けていきますが、欧米などの海外諸国では高校の時点で分けるということはほとんどありません。数学が苦手だから文系に進むという生徒も多いと思いますが、18歳ぐらいまでは不得意な教科にもまずは取り組んでみて、その問題を解くためにはどうすればいいのかと、試行錯誤して考えてみるという経験が必要だと思うのです。

 大学の入学試験でも、文系学部でも数学のテストを受けさせたほうがいいし、逆に理系学部でも国語のテストを受けさせたほうがいいでしょう。これは数学の学力を下げないためという理由だけでなく、大学生の全体の学力を下げないためにも重要だと考えています」(同)

(取材・文=昌谷大介/A4studio、協力=坪井俊/武蔵野大学工学部教授)

坪井俊/武蔵野大学 工学部 数理工学科教授、元・東京大学大学院 数理科学研究科教授・研究科長、元・日本数学会理事長

坪井俊/武蔵野大学 工学部 数理工学科教授、元・東京大学大学院 数理科学研究科教授・研究科長、元・日本数学会理事長

1978年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。同大学理学部数学科助手、理学部数学科助教授などを経て、2019年3月まで東京大学大学院 数理科学研究科教授を務める。その間の2012年から2016年までは東京大学大学院 数理科学研究科 研究科長も務めていた。
2019年4月より武蔵野大学 工学部 数理工学科教授。専門分野は幾何学、数学の応用。東京大学名誉教授。理学博士。1991年、日本数学会 幾何学賞受賞。
坪井俊の公式サイト

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