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「三角関数より金融を学ぶべき」の本質的誤解…数学が支える文明の発展

文=A4studio
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代々木ゼミナール数学科講師・荻野暢也氏

 5月17日に日本維新の会所属の衆議院議員・藤巻健太氏が、Twitter上で「『三角関数よりも金融経済を学ぶべきではないか』金融教育をテーマに、財務金融委員会で議論させて頂きました。」という内容のツイートをしたことが大きな議論を呼び、一時はTwitterのトレンド入りも果たした。同ツイートには多くのリプライがついたが、なかには「高校数学から三角関数抜いたら大変なことになる」「三角関数なしに金融とは?」といった、藤巻議員の発言に否定や疑問を呈するものも多数みられた。

 そこで今回は、仮に人々が学生時代に三角関数を学ぶ機会がなければ、実社会にどのような影響が出るのかなどについて、大手予備校・代々木ゼミナールの数学科講師の荻野暢也氏に話を聞いた。

工学の土台となる三角関数を“虚学?”と捉えた藤巻議員の発言

 SNS上で藤巻議員の発言は「理系の人たちを敵に回している」という趣旨の批判を浴びているが、これほどまでに批判が出た背景には何があるのだろうか。

「批判が噴出したのは、自分がやってきたことを否定されていると感じた理系の方が多かったからでしょう。ですが、藤巻議員も悪意を持って三角関数を学ぶ意義を否定しようとしたのではないと思います。不景気の今、就きたい職業にも就けず、低賃金ゆえに結婚もできず将来に不安を覚える人も多いわけですが、そうした人を救いたいという気持ちから今回のような発言をしてしまったという印象です。そこはわかってあげたい。問題だったのは、何に価値を見いだすかは人によって千差万別なので、そこにもう少し気を配るべきだった、ということでしょう」(荻野氏)

 では、「中学・高校では三角関数よりも金融経済を学ぶべき」という藤巻議員の発言について、荻野氏はどう考えるのか。

「現実社会に関連する学びとして、プログラミングなどと同様に、株やFX、税金に貯蓄、年金や保険といった金融リテラシーを取り込むのは大賛成です。ただし、そこでなぜ数学、ましてや科学やその先にある工学の土台ともなる三角関数を排除しようとしたのか、正直意図がわかりません。

 ときに学問には“実学”と“虚学”と呼ばれるものがあります。実生活に直接役に立つ医学、工学、経済学、法学などを実学、そうでない学問を虚学と呼ぶとするならば、藤巻議員からすれば三角関数、もしかしたら数学自体が虚学ということなのかもしれません。

 ですが、数学の延長上に、誰もが実学と認める工学や経済学がある。金融リテラシーが重要であるということには賛同しますが、今回の発言は単に金融リテラシー教育の重要性を強調することに留め、三角関数には触れるべきではなかったと思います」(同)

実社会において数学は、ほとんど使わない?

 数学の延長上に実学たる金融リテラシーがあるということだが、その金融リテラシーを育む大学の経済系の学部は「文系」に分けられている。これはなぜなのだろう。

「経済というのが自然科学ではなく、人が関わる社会科学だからというのが大きいのでしょう。ですが、だからといって経済学に数学が必要ないわけではありません。私が以前高校の教師をやっていたときに、数学を学ぶ価値を否定している生徒と喧々諤々と話し合ったことがあります。その様子を見ていた別の先生に『荻野さん、大学の経済学の本を彼に見せてあげなよ。微分積分出てくるから数学の必要性に気づくでしょう』と言われたことがありましたが、実際、そのとおりで経済学には数学は必要なのです」(同)

 とはいえ、実社会において三角関数のような数学の知識を直接的に使う機会は少ないのではないかと荻野氏は指摘する。

「研究職、教職、エンジニアなどを除けば、三角関数も微分積分も、ひいては方程式すら使うことはほぼないでしょう。実社会で必要か不必要か、といわれれば、ほとんどの社会人にとっては不要だと思います。実際、私も三学期の最後の授業で、『これからは種目が変わります。これまでは勉強、社会に出たら仕事です。仕事ができる人間になってください。それを意識して大学生活を送ってください』と伝えています」(同)

 しかし、そのメッセージは学問の価値を否定しているのではなく、学問をきちんと学んできた生徒へこそ伝える意義があるのだという。

「実社会で数学を使う頻度が少ないからといって、最初から数学は使わないと決めてかかり『三角関数を学ばなくいい』というのは論理の飛躍です。インターネットにしろ、交通機関にしろ、高層建築にしろ、今の豊かで便利な生活をつくったのは数学を学んだ側の人間によるところが大きいです。三角関数に限らず、数学がなかったら今日のような文明の発展はなかったでしょう。

 さきほど『藤巻議員は数学自体が虚学だと思われているのかもしれません』と述べましたが、例えば明治、大正、昭和の頃と比べて、現代の生活レベル、人生の質が著しく向上したのは、その当時虚学だと思われていたかもしれない学問のおかげだと思います」(同)

学問が役に立つのにかかる時間を考慮すべき、将来の芽を摘む危険性

 仮に、藤巻議員の言うように三角関数を中学・高校で学ばなくなってしまったとしたら、どのような弊害が出るのだろうか。

「役に立つ、役に立たないという視点で見れば、先ほども言いましたが、中学校以降で教わる数学の知識は、多くの大人にとって不要でしょう。数学だけでなく物理、化学ですらそうです。数学は算数までで足りるし、大学受験を考えなければ高校の授業など、英語と体育と政治経済だけでいいのかもしれません。

 しかし、『役に立つという概念』と『価値があるという概念』は独立なもので、結果人生において役に立たなかったからといって、学ぶ価値がなかったことにはならない。学問が役に立ち、実践性を伴うのは学んでからずっと先のことで、確かに教わっただけでやめてしまっては役には立たないと思います。そして机の上から飛び出して初めて学問は役立つ段階になるのだと思います。

『10代の若者にとって将来何が役に立つのか?』などということは誰にもわかりません。ですから数学、理科を学ぶ学生がごく一部になってしまったら、本来であれば文明の発展に携われたかもしれない優秀な人間の可能性を潰すことになると思います。

 数学などの基礎学問、基礎研究は、他の実践的な学問に比べて、とりわけその有効性が感じられ難いものです。つまり、役に立つまで時間がかかる。しかし、すべてのテクノロジーの土台になっていることは、藤巻議員や、これから数学を学んでいく学生たちには理解していただきたいです」(同)

 将来を悲観している若い世代に対する救済の気持ちで、藤巻議員は件の発言をしたのかもしれない。だが、まだ何にでもなれる若者の芽を摘むことになる可能性に、もう少し目を向けていれば、ここまで批判が集まることはなかったのではないだろうか。

(文=A4studio)

A4studio

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エーヨンスタジオ/WEB媒体(ニュースサイト)、雑誌媒体(週刊誌)を中心に、時事系、サブカル系、ビジネス系などのトピックの企画・編集・執筆を行う編集プロダクション。
株式会社A4studio

Twitter:@a4studio_tokyo

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