菅義偉新首相が世襲でない地方出身者ということで、その生まれ故郷である秋田県や出身校に注目が集まっている。最終学歴の法政大学は「MARCH」の一角を占めるだけあって、地元の秋田のように浮かれ調子は見られない。官房長官時代に角を突き合わせた沖縄県の翁長雄志前知事は、実は法政大法学部の同世代で同窓だった。翁長前知事も自民党の議員だったくらいであるから、キャンパスでの政治的対立が尾を引いているということはなかろう。
法政大は初のOB首相の誕生でも意外とそっけなく、ホームページに2行で「本学第一部法学部政治学科を1973年3月に卒業された菅義偉さんが、第99代内閣総理大臣に選出されました。ご活躍を祈念いたします」とあるだけだ。ここで気を付けたいのは、第一部法学部の数字だ。これは、同じ学部に夜間課程があると区別するために第一をつけている。早稲田大学政治経済学部も、夜間学部があった時代は、昼間の学部は「第一政治経済学部」と履歴書に書いたものだ。菅首相の時代も同様だったのだ。
一方、菅首相のふるさとの出身校である秋田県立湯沢高校はお祝いムードにあふれている。同校は、ウェブサイトでこう伝えている。
「菅義偉先輩内閣総理大臣ご就任おめでとうございます! 令和2年9月16日、本校19期生の菅義偉先輩の総理大臣ご就任を祝した垂れ幕を懸垂し、吹奏楽部による校歌・秋田県民歌の演奏、菅総理の座右の銘である『意志有れば道在り』をテーマとした書道部によるパフォーマンスにて就任を祝いました」
この喜びようは、過疎化が進む秋田の不安感の裏返しといえるかもしれない。実は、秋田は人口減少率(2012→19年)が9.1%で全国1位なのだ。ちなみに、2位は青森県7.7%、3位は高知県7.1%、4位は山形県6.5%、5位は和歌山県6.4%となっている。
その秋田の中でも、菅首相の出身地である湯沢市は合併してそこそこの人口がいるので、『地方消滅』(中央公論新社/増田寛也編著)における若年女性人口の減少予想率(2010→40年)を基準とした消滅可能性都市に入っていないものの、69.5%と、その資格は十分にある。
「都道府県幸福度ランキング2020年」(ブランド総合研究所調べ)では、秋田は2年連続最下位だった。これも人口減(流出)と関係があるのだろう。
公立大学の存在感が高い秋田と高知
地元でも以前から人口減少に対する危機意識があったようで、その対策のひとつとして、大学の新設を進めてきた。国立の秋田大学には、国際資源学部など伝統を活かした学部もある。
ただ、秋田は他の県に比べて公立大が多い。1999年に秋田県立大学、2004年に国際教養大学、13年に秋田公立美術大学が生まれた。私立は、ともに秋田短期大学をルーツとする秋田看護福祉大学とノースアジア大学(旧・秋田経済法科大学)の他に、日本赤十字秋田看護大学がある。短期大学の4年制大学への移行が多いのは、他の地方と共通している。
県内の7大学のうち、大館市の秋田看護福祉大を除いて、すべて秋田市である。秋田県でも一極集中なのだ。3公立大はすべて秋田市だが、それぞれが個性的で各大学の踏ん張りが目につく。
文部科学省の令和元年度都道府県大学進学率の動向を見ると、秋田は進学率39.1%で、全国的にはやや低めだが、東北では平均的である。特色は県内の大学入学者の国立・公立・私立の割合で、秋田は公立が33%で全国2位と高い。1位は新設の専門職大学しか私立大がなかった高知で、公立は高知県立大学と公立化した高知工科大学の2校があり、公立入学者が入学者全体の42%を占める。ただ、私立大の高知学園大学が新設されたので、その割合は下がるであろう。
ちなみに、県内公立大の入学者ゼロ、すなわち公立大のない県は、徳島県、佐賀県、鹿児島県である。首都圏は横浜市立大学がある神奈川県を除いて、埼玉県、千葉県、東京都は公立大入学者の割合は1%台だ。
全国から学生が集まる国際教養大の魅力
秋田には、対照的な有力公立大2校がある。秋田県立大と国際教養大である。
秋田県立大には、システム科学技術学部と生物資源科学部がある。秋田大の伝統ある国際資源学部は鉱物資源が主力なのに対し、生物資源科学部は農業系で、地元の要望に応える。秋田県立大の2020年の入学者を見ると、推薦で県内が102人/118人を占め、一般入試の32人/207人と比べ、地元受験生は推薦での枠を活用しているようだ。地元志向が明確である。
では、国際教養大はどうか。出身高校地域別学生数は、さすがに秋田は119人とトップだが、2位東京82人、3位神奈川54人、4位大阪45人、5位愛知36人と、まさに全国区だ。地元率は総数804人の15%弱にすぎない。
1年生は全員寮生活で、2~3年生の間に全員1年間留学するので、県外勢にとって地元かどうかはあまり関係ない。なんといっても、国際教養大のグローバルな校風こそが、全国から受験生が集まる魅力なのだ。
日本の大学では、1991年に一般教育と専門教育の区分をなくした「大学設置基準の大綱化」以来、ともすれば教養教育課程が軽視されてきた傾向がある。それが今や、グローバル人材育成の大きな足かせになっている。討論や論文執筆、発表などを通して論理的な思考力や判断力が育ち、正当に評価する力や自己主張できる力が、グローバル人材の条件だからだ。
国際教養大は「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」大学として有名だ。たとえば、ドイツ人教師が英語で哲学を教える。日本語だとなんとなくわかったつもりになることもあるが、英語だとそうはいかない。当然、入学直後から、徹底的に英語集中プログラム(EAP=English for Academic Purposes program)を課し、語学力をつけていく。
同時に、国際社会で必要とされる教養も学んでいく。国際社会において、他国の人から尊敬される教養を身につけるべき、という考えは国際教養学部の共通理念になっている。
2004年開学で16年目の国際教養大は、2020年の「THE世界大学ランキング 日本版」で、旧帝大系に次ぐ全国で10位。評価項目では、国際性が100満点で断トツの全国1位、教育充実度でも1位となっている。それが評価されてか、上場企業や有名企業の就職率でも例年上位につけている。
前述したように、同大の大きな特色は1年間の全員留学があり、下宿生が少なく、ほぼ全寮制ということである。当然、保護者の経済的負担が大きいのではないかという不安はある。しかし、2017年で留学提携校は47カ国185大学に達している。相手校の学生との交換留学方式なので、学費は国際教養大に納める授業料だけで済む。また、事実上ほぼ全寮制といっても、食費も含めた寮費は年間50万円程度となっている。コストパフォーマンスを重視する県外の受験生や保護者にとって、むしろ朗報だろう。
24時間開いている大学図書館も、英語授業でプレゼンを要求されることもある学生にとって、自学自習の良き場となっている。学生数に比して留学提携先大学数が多いのも好ましい。
グローバルな人材を全国的に本気で育成するつもりなら、このように学生が低コストで集中して学べる環境が全国に必要であろう。地方創生も、このような大学の卒業生が地元企業で活躍できるようになって、初めて展望が開けるはずだ。
(文=木村誠/教育ジャーナリスト)