文部科学省が10月16日、対面授業が半数未満の大学名を公表すると発表したことを受け、全国の大学関係者や教員、学生から疑問の声が上がっている。新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、各大学ではZoomやGoogle Meetなどのインターネット会議アプリを活用した遠隔授業が行われてきたが、ここにきて国は急速に対面授業を再開するよう圧力をかけ始めた。一方で、コロナ感染症クラスターの発生がなくなったわけではない。仮に、大規模クラスターが発生した場合、授業を行った大学は保護者から責任を追及されたり、休校措置を取らざるを得なくなったりする懸念がある。
萩生田光一文科相は16日の閣議後、記者会見で「遠隔と対面のハイブリッドの授業をやってもらいたいとお願いしてきたが、対面が再開できていないとの声がある」と述べ、大学での対面授業が再開していない状況に不満を示した。同省は今後、対面授業の割合が半数に満たない大学の状況を調べ、来月上旬に大学名を公表するとしている。
萩生田文科相の方針表明の背景には、現役大学生らが7月、Twitter上でハッシュタグ「#大学生の日常も大事」を拡散したことがある。特に今年入学した新入生らはTwitter上で同ハッシュタグを付し、「音楽サークルに入ったがこれまで一度も実際に部員とあって演奏を合わせたことがない」「誰とも交流せず、遠隔授業で課題を出されて、それをメールで提出するだけの日々で孤独で苦痛」「1年休学して、来年もう一度1年生をやり直したい」などと窮状を訴えた。こうしたネット上での対面授業再開や大学への通学を求める声を受けて、同省は対策を検討していた。
4万7000人の学生の感染予防をどう徹底すればいいのか
早稲田大学の関係者は次のように話す。
「少人数制のゼミ形式授業などでは、インターネット上で学生や教授が交流することもできるためか不満は聞かれていません。やはり基礎科目、大講義室などで受けるような授業がメーンの1~2年生の学生の皆さんや保護者から、遠隔授業に対する不満の声が多く聞かれました」
同大では9月25日から、オンライン授業を基本としながらも、教室での授業を一部再開。夏以降、段階的に進めてきたサークルや体育会など「課外活動」の再開についても、10月10日から大学側の承認を得た上で、サークルが主催・共催するイベント・公演等の開催を許可する方針を示している。
「もちろん学内に検温スポットやアルコールを設置し、施設内の消毒も定期的に実施しています。教室も換気やソーシャルディスタンスに配慮しています。しかし、本学の学生は全学約4万7000人です。一人ひとりにきめ細かい衛生管理を行うのはかなり難しいです。
体育会は別としても、数百あるサークルは基本的に学生の自主活動です。細かなところまで大学が指示を出すわけではありません。そもそもサークルが活動を自粛していたのかも、正直なところわかりません。大学側がどう対応しても感染を100%防ぐのは無理だと思います。クラスターが発生しないよう、気を付けて過ごすことを、学生の皆さんにお願いするのみです」
オンライン授業で交流を求めてきた学生はゼロ
一方で、1~2年生の講義を受け持つ別の私立大学社会科学系学部の教授は次のように憤る。
「確かに医療系や実験を伴う理工系、美術系など実習を伴う授業には深刻な影響が出ているとは思います。一方で文系学生に限って言えば、遠隔授業になったからといって、授業の質が落ちているわけでも、必ずしも学生が孤独な状況にあるわけでもないと思います。今回の文科省の措置は、明確な解決策が出たわけでもないのに、『対面授業』を再開しない学校があたかも悪いかのようなイメージを与えるもので、不快です。
小中高と違い、大学はただ単に友達や同級生と講義に出席し、教授の話を聞けばいいというものでありません。講義はあくまで基本中の基本であって、学生の皆さんご自身で学ぶ意志を持っていただかなければなりません。オンライン講義で学生たちに『質問があれば、いつもで受け付けます。メールでもZoom でも連絡ください』と言ってきましたが、前期授業で私に連絡をとろうとしてきた学生はいませんでした。私の教え方が悪いのかもしれませんが……。
一方でSNS上には私の講義を受けている学生らが作ったコミュニティーが林立しています。学生らはそこでノート貸し借りを行ったり、オンライン飲み会を開いたり、実際にオフ会を開いて前期試験対策などで交流していました。『孤独』というイメージとは少し程遠い感じがします。
遠隔授業になっても教員が授業の準備にかける時間が短縮されているわけでもありません。オンライン講義で閲覧してもらう資料作成や動画の編集など、対面授業時以上に質を落とさないよう努力してきました。
相対的に学生数の少ない実習が必要な学部で対面授業を再開させ、対面授業の必要性がそれほど高くない文系の学生は今まで通り遠隔授業のままにしておいたほうが、密集、密接を防ぐためには有効だと考えます。
全国一律に対面授業を自粛させたり、再開を推進させたりするのではなく、もう少し教育現場の実情を踏まえて対策を行っていただきたい。小中高大を全面休校にして混乱を招いたのは、そもそも誰の責任なのかということです。
国は何を根拠に対面授業を促進するのか。コロナ感染症の脅威は何も変わっていません。裏を返せば、これまで文科省は何を基準に対面授業を自粛していたのか。国の政策はまったく論理的ではありません」
自粛明けで学校に行ったらすでにコミュニティーができていた
自粛で苦悩を深める大学新1年生は確かにいる。今年、首都圏の国公立大学の経済学部に入学した男子学生は次のように話す。
「宮城県からこちらに来て、いきなりオンライン授業に放り込まれました。サークルもネット上で探し、ネット上で先輩に連絡を取って決めましたが、先月、初めて部員の人とお会いしました。秋期になって一部対面授業が再開になり愕然としたのは、すでにクラスやサークルの中でコミュニティーができていたことでした。
クラスメートに話を聞いてみると、有志がLINE上にグループをつくり、情報交換をしたり、自粛期間中も集まったりしていたそうです。学校の言いつけを守って、感染拡大防止のために誰にも接触せず、アパートに閉じこもって鬱々としていた自分の半年間はなんだったのかと本当に思います。
就職氷河期の再来が騒がれていることもあり、入学直後から大学OBに連絡をとって就職活動に役立つ資格や大学時代に積んでおいたほうが良い経験などを聞いて回っている同級生もいました。これから友人が作れるのか、この半年間で開いた格差を取り戻せるのか正直不安です。今さら対面講義が増えても孤独感が逆に深まるだけです」
文科省の一連の政策は明確な根拠もなく、児童、生徒、学生、保護者に深刻な混乱をもたらしてきた。いずれ誰かが責任をとる日はくるのだろうか。
(文=編集部)