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羽生善治と豊島将之、竜王戦が異例の展開…50歳・羽生、前人未到の100期かけ大一番

文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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仁和寺での羽生九段と豊島竜王

 通算タイトル99期で「足踏み」している羽生善治九段(50)が久々にタイトル戦に登場し、100期をかけて豊島将之竜王(30)=叡王と合わせて二冠=に挑む竜王戦七番勝負(読売新聞社、日本将棋連盟主催)。 

 豊島の先勝から羽生が追いつき1勝1敗で迎えた第3局は11月7、8日に京都市の世界遺産・仁和寺で行われ、豊島が172手までで勝利して2勝1敗とリードした。 続く第4局はもともとが極めてタイトな日程であり、4日後の11月12、13日に福島市で行われる予定だった。ところが羽生が突然の発熱で体調を壊して延期になるという異例の事態になった。 

 9日に京都から東京に戻った羽生は体のだるさを訴え、体温を測ると38.9度あった。病院で診察を受けてPCR検査の結果は「陰性」と判明し、新型コロナウイルスの感染ではなかった、しかし11日になっても熱が残ったため、大事を取って入院したため12日からの竜王戦第4局に出場できなくなった。 

 日本将棋連盟と読売新聞社が急遽、規定に基づいて竜王戦委員会を開いて対応を協議して延期を決定、豊島竜王の了解も得た。羽生は関係者やファンに対して「多大な御迷惑をおかけしてしまい、深くお詫び申し上げます。しっかりと療養をして一刻も早く万全の態勢で将棋を指せるように最善を尽くします。誠に申し訳ありません」などのコメントを発表した。 

 この結果、第5局が行われる予定だった鹿児島県指宿市での対局が第4局となるなど、第6局目までは順にずれ込み、第7局については対局場所などを検討することになった。

 一方、第4局が予定されていた福島市の旅館「古川屋」では11日、残念がるファンのために豊島竜王を迎えた「歓迎の夕べ」が催された。豊島竜王が「体調不良は誰にも起こること。羽生善治九段の一日も早い回復を祈っています。福島は温泉やフルーツを楽しみにしていました」と話し、自身の竜王戦を振り返る大盤解説で懸命にファンサービスしていた。 

 竜王戦に限らず、棋士の体調不良による将棋のタイトル戦の延期など、大山康晴十五世名人の時代を多少覚えている筆者にも記憶はない。ベテランの将棋担当記者が「女流棋士のタイトル戦が出産などで延期されたことはありますが、棋士(男性)のタイトル戦が対局者の体調不良などで延期になった例は記憶の限りではなかったのではないか」と話すほどの異例の事態ではある。タイトル戦の歴史は長く、数も多かったことを考えれば、棋士の身体というのは思いのほか頑強なのだろう。 

 ただ、延期ではないが、1956年(昭和31年)の王将戦七番勝負で、大山名人に4勝を挙げてタイトルを取った升田幸三がその後に体調を壊して第6局、7局は指さなかったという歴史はあったようだ(当時の七番勝負は決着がついても7局を実施していた)。

覆された「羽生優勢」

 さて、話を戻して1勝1敗で迎えた仁和寺の第3局。ファンを迎えた6日の前夜祭で羽生は「京都でのタイトル戦は10回くらいあったかと思います。昔は持ち時間が30時間というのもありました」などと語り、同じ京都市で37年(昭和12年)に阪田三吉が木村義雄八段に挑んだ有名な「南禅寺の決戦」を思い起こさせるような発言をしていた。

 素人目には2日目に入って竜を有効に活用していた豊島が優勢に見えたが、豊島が竜を手放すのが早すぎたことなどから、中継していたABEMAの解説なども「羽生優勢」との見方に変わっていった。豊島の猛攻を羽生が手堅く守り、終盤にはAI表示で羽生の勝ちが90%を超えた。 

 ところがその後、羽生が対応を誤って豊島に銀を渡してしまったことで一挙に形成が逆転したのだ。午後8時ごろ、豊島の攻めに羽生が投了した。豊島に銀が入れば羽生の玉は即詰みだったのだが、豊島はこれを見逃さなかった。

 投了後、羽生は豊島とかなり長い感想戦を行い、互いに中盤に自信がなく読めなかったようなことを語り合っていた。局後に羽生は「終盤は何か(いい手が)あったかもしれない。次も変わらず全力を尽くしたい」などと話し、勝ち筋を逃した悔しさをにじませた。羽生の失着を指摘する棋士もいたようだ。勝った豊島は「封じ手の直後の形勢はよくわからなかった」などと語っていた。 

 不思議なことに羽生と豊島の対局では、将棋ではやや勝率が下がるとされる「後手番」が10連勝している。第4局は羽生が後手番になる。羽生が後手番になる第4局で羽生が勝利すれば再びタイ、豊島が勝利すれば初防衛に王手となる第4局は11月26日、27日に鹿児島県指宿市で開かれる。

 新型コロナ対策などで終局時の取材も主催者(読売新聞社)やABEMAなどに制限され、仁和寺でも筆者やスポーツ紙の記者などは大一番の前夜祭に駆けつけられるだけだった。前人未到の100期がかかる注目の竜王戦、なんとかもっと間近に取材したいものであるが、竜王戦のさなか、50歳になったレジェンドはすぐ回復し、17日には王将戦挑戦者決定リーグで木村一基前王位に勝っている。

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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